Shine blast

□新境地
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GW合宿が終わって、またいつもの練習が始まった。
あたしはというと、学級委員の仕事の大変さに日々打ち拉がれ、そして部活で枯れるまで体力をもぎ取られそうになる毎日を送っている。
猫又監督、クロや研磨に言われた言葉は胸の内に今もあるものの、机の上に置かれたパンフレットには手をつけられないでいた。
それを見付けた燈真は、勇陽に宛ら思春期の娘を持った父親の如く、コソコソと相談をしていたようだけど、目障りだったから飛び蹴りをしておいた。

「おい、真夜」
『なーにー』

家に帰ってきて着替えると、部屋のドアをノックして、すぐに勇陽が入ってきた。
これが燈真なら追い出すところだけど、真剣な表情な勇陽だったから、大人しく対面に座って正座した。

「今日、真応ってとこから電話がきた」

『.......は?』

鳩が豆鉄砲を喰らった顔、今まさにあたしはそんな顔をしているのだろう。...予想外にも程がある。

「多分、どっかの監督か...それか、兄貴が連絡したかどっちかってとこだろうがな。お前が迷ってるってことを聞きつけてるらしい」
『燈真シバく』
「それは後でな」

勇陽はあたしの前のテーブルにメモ用紙を置いた。相変わらず男子とは思えない綺麗な字。
くそう、これが女子力なのか.....!

「こないだ、柊華ちゃんの時にもお前、色々やってただろ。それにちょっと前の合宿の時にも色々誘われてたんだって?」
『.....誰から』
「悠亜ちゃん情報」
『アイツも燈真予備軍か』

勇陽は深く息を吐いて、前髪を掻き上げる。
あれ、これまさか怒ってるパターン?

長年の勘でそれを察知したあたしが逃げの体勢を取ろうとした瞬間、逃げるなと言わんばかりに威圧的な声が飛ぶ。

「....最終的に決めるのはお前自身だ。才能を持つ者の周りには必ず期待を持つ輩がいる、それはお前もよく知ってるはずだ。
兄貴も言ってたけど、お前が輝ける場所で努力をすれば、日本代表にだってなれる可能性は充分だ。その努力をするかしないか、今やるかやらないかだ。それを迷う時間が、同じ未来を目指す奴等に劣ってしまう時間になって、大事な試合とかで一瞬の躊躇いに繋がるんじゃねーの?」

勇陽が胡座を掻く。
燈真と違って比較的行儀の良い勇陽の胡座を掻く姿は久々に見る。

「俺はさ、父さんが思うようなバレーの選手になるのはなんか違う気がしたから、我儘言って剣道やってきたよ。でもその分、兄貴に負けない努力だってしてきたつもり。お前がバレーを始めて、兄貴が喜ぶ顔だって隣で見てきたし、兄貴と妹がバレーの天才だっていうのは、俺の誇りだ。
だからこそ、やれる限りのことをやってほしいと思う。お前は女だし、男らしいところもあるし、人知れず負けず嫌いだってのも勿論知ってる。だからこそ、負けた時の悔しさと責任感は人一倍なんだろ?中学の時の試合を見て、俺はそう思ってたよ。

.....別に、お前がどこの高校を選ぼうと、烏野を「捨てる」ことにはならない。良い意味で踏み台にすべき場所なんじゃないか?烏野っていう、お前の大好きな場所は。色々と思う所があるんだろうけど、その時間が将来を少しずつ曲げていっているかもしれないんだ」

キィ、と僅かな音を立てて勇陽の後ろのドアが開いた。直ぐに見えたその人影に声も出ない。

「....それでお前が後悔するようなら、俺はお前が嫌がろうと、真応に連れて行く」
「兄貴...!?」
『練習行ってたんじゃなかったの?』
「もう終わった。んで勇陽が居ないから上がってきたらなーんか進路相談やってたから盗み聞きしてた」
『悪趣味』

燈真は勇陽の横に座り、メモ用紙を見て息を吐き、苦笑した。
その苦笑は、まるで全て計算通りだと言うような、達観した笑みだった。

「真応のコーチと連絡とったんだけどさ」
「は?何やってんだよ」
「いや俺からじゃなくて、向こうから」
『....何て?』
「上級生も一年生も、お前が来るかもしれないって言ったら大喜びしてるんだと。来るならいつでも良い、だってさ」
「へえ、良かったじゃん」

楽観的な雰囲気に変わる二人を視界に入れたまま、情けないくらい声が小さくなる。

『........あの、ですね』
「「?」」
『正直、転校の覚悟は出来て...なくもない』
「うん、顔見ればわかる」
『黙れハゲ』
「まだフサフサだ!!」
「兄貴煩い」

二人はいつもの調子で空気が和む。
モヤモヤしている心境を吐き出すように、呟いた。

『....烏野の先輩達に言うのが、怖い』

精一杯、そんな心の中の気持ちを吐き出したような物言いに、兄二人は驚きもせずに笑った。

「もっと壮大な事かと思えば」
「そんな事かよ〜」
『これでも女子なんだよばーーーか!!!!!』

近くにあった月バリで燈真の頭をフルパワーで叩く。首折れたか、ぐらいの勢いと音が部屋に響く。

「今ッ!首取れたかと思ったァァァ!!!!」
「だから煩いって」

あたしの手から奪い取った月バリでもう一発叩く勇陽。容赦無し。

「取り敢えずさ、明日か明後日にでも真応に行ってみれば?」
『いや、平日じゃん』
「早いに越した事は無ぇだろ」
『学校休めって?』
「まあ関東だし」
『.....それは面倒』
「それ言ったら元も子も無いだろうが。兄貴にでも電話させとくから、決めてこい」

俺からは以上、と勇陽は立ち上がって部屋を出て行った。
芋虫のように丸くなっていた燈真がもそもそと動いて、ゆっくり起き上がる。片手で首を擦りながらぼーっとしている。

「DVは如何なものかと」
『妹からですけど』
「まさか弟からもそんな仕打ちを受けるとはお兄様も思ってなかったっすね」
『ドンマイ』

ハァ、と溜息を吐いた燈真は立ち上がり、ドアの方に歩く。ドアを開けて出ていこうとして踏み留まった。

「明日そっちに向かう、って連絡入れとくから。烏野の方にも部活休むって連絡しとけよ」

背を向けたまま燈真がドアを閉める。
静かに閉まったドアの音がやけに響いた。






携帯を手に取り、電話帳を表示する。

時刻は22時。
部活があるとは言え、受験生の先輩に電話をするのは憚らられる。
でも今電話しなければ、尚更失礼なことになってしまうことは目に見えている。
息を吐いて、電話をかけた。


[プルルルルル....]


「ハイ、」
『夜分遅くにすいません、清水先輩』
「大丈夫だけど...どうかした?」

穏やかな声が、無意識に緊張していた声を詰まらせる。
大丈夫、大丈夫。心の中で自分の背を押すように呟いて、声を出す。



『明日のことなんですけど_____...』





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