スノードロップ

揺れる瞳
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「.....っ!!....!!!」


誰かの声が聞こえる。
だけど体が重くて動かせない。
辛うじて動かせた視線が捉えたのは、焦っている若利だった。


『わ、かとし...?』


若利は私が声を発したことで少しだけ表情を和らげ、すぐに私の背中と両膝の裏に腕を通してそのまま抱えた。
だけどその感覚すらも曖昧で、考えることさえもままならないくらいだ。

ひんやりとした空気に包まれたかと思えば、そこはどうやら保健室。
若利は私をベッドの上に下ろして、冷凍室に入っていたタオルを首元と額に置いて、色々と処置をしてくれる。


『...私、倒れたの?』
「ああ。軽度の熱中症のようだ」
『ごめんね、わざわざ』
「お前が謝ることはない。自主練に付き合わせた俺が悪い」
『...重いよ、若利』


私に覆い被さるようにして、若利に抱きしめられた。
冷たいタオルと、未だ熱を持った若利。
それが混ざり合って、思考回路までおかしくなりそうだ。




一時間ぐらい経った頃。
気持ち悪い感覚も無くなって、タオルを退かした私を心配そうな目をした若利が見遣る。


「もう大丈夫か?」
『うん、もう平気』


若利に支えられるようにしてベッドを降りる。
歩きだそうと一歩踏み出した瞬間、後ろから抱き締められた。


『どうしたの?』
「...........」
『若利?』


無言で力が強くなった。
振り返ることもできなくて、回された腕に手を添える。


「......お前が、居なくなるかと思った」
『え?』
「気付いた時にはお前が倒れていて、名前を呼んでも中々目を開けなかったから...、」


いつになく弱気な若利。
添えた手に力を込めると、握り返されて安心感に包まれる。

手を離して腕の中で若利と向かい合う。
何も言わない若利を後ろの長椅子に座らせて、私は膝立ちになって若利と目を合わせる。
その瞳はいつもよりやっぱり力がなくて、不可抗力とはいえ倒れたことが申し訳無い。
まだ動揺しているのか、瞳の奥が揺れている。


『ごめんね、若利』


首に手を回して抱きつく。
背中をそっと叩きながら、若利が落ち着くのを待つ。静かに私の背中に回された手にはあまり力が入ってなくて、若利らしくない。


『言ったでしょ。私は若利の傍にいるよ』


私から言える言葉って案外少ないもので、思っていることを伝えても若利がすぐに元気になってくれるような言葉が思い浮かばないことが悔しい。

ならばせめて行動で示そう、とぎゅっと抱き締めてみる。
いつも若利がしてくれるように、力強く。...これが今の私の精一杯だ。

その効果があったのか、心なしか少しだけ、若利の瞳に力が込もった...というか、いつもの若利に近い目をしている気がする。


『そんな弱気になってちゃ、本当にそうなっちゃうかもしれないじゃない。いつもの若利でいてくれたら、私もずっとこのままでいられるよ』


無責任な言葉で、元気付けようとする私は浅はかな人間と呼ばれるのかもしれない。
だけどそんなことより、愛しい人が元気になってくれるのならなんだっていい。

揺れていた瞳と、真っ直ぐ視線が交わった。
それだけで通じ合ったような気分になるのはきっと、その相手が若利だからだろうなと、心の中で惚気てみせた。




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