幕末誤想事件録
□誤想、一。
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厚い雲に隠れ、月も見えない暗い夜。
新選組屯所のとある一室で四人の男達が集まっていた。
「その話は本当なんだな、斎藤。」
口を開いた土方歳三に、斎藤一は頷く。
「はい。昨日の晩、前門の警備にあたっていた隊士に不審な男が入隊希望と称して文を渡し、そのまま立ち去ったと報告を受けました。」
「俺と山南さんは今日の夜まで外に出てたからな。近藤さんもあと二日は帰ってこねぇ。そこで今日の夜にその隊士から詳しく話を聞く事になってたんだったな?」
土方は溜息をつく。
「しかし、その男に接触した隊士は本来門の警備をしている隊士ではなく、その隊士が厠から戻るまでの間だけ代わりを頼まれていた隊士。しかも新撰組隊士だった…と。そして、先ほど血に飢えて暴れだしたその隊士を原田君が始末してしまったのでしたね?」
困った様な顔をした山南敬助に、それまで黙っていた原田左之助が声を上げた。
「仕方がねぇだろ、山南さん!その話は斎藤と源さんしか知らなかったらしいじゃねーか!それにその隊士はもう口がきけるような状態じゃなくなってたんだしよ!」
「左之、この場に呼ばれたのはそれを咎めるためではない。話は最後まで聞くべきだろう。」
斎藤が原田を宥めれば、山南はそのまま話を続けた。
「そんな事よりも、問題は男が渡してきたこの文にあるのですよ原田君。」
山南が懐から文を出し、土方がそれを開く。
「文?そりゃあ夜中に来るってのもそうだが、挨拶もなしに文を押し付けて帰るってのは俺も気にいらねぇけどよ。」
土方が原田にそれだけじゃないと付け加える。
「この文にはな、簡単に言えば尊王攘夷派の不逞浪士共が近々新選組屯所を襲撃するため武器を大量に隠し持っている。武器の隠し場所を教える代わりに自分の新選組入隊を許可し、入隊後の自分の給金は最低でも平隊士の倍額、待遇も優遇しろ。≠ニきやがったんだよ。」
原田が目を見開く。
「はぁ!?なんだそりゃ。タチの悪い悪戯かなんかじゃねぇのか?」
「俺だってそう思いてぇが…。最近浪士共が怪しい動きをしているのも確かだからな…。調べる必要があんだよ。」
「そこで私達が話し合った結果、浪士の動きは監察方に任せ、この文を渡してきた男の捜索は斎藤君と原田君に一任する事にしたのですよ。」
山南は眼鏡を押し上げながら、その男からも詳しく話を聞かなければならないと呟いた。
「斎藤、隊士が言っていた不審な男の特徴をもう一度頼む。原田も知っておかねぇと動けないからな。」
それもそうだと原田が頷けば、斎藤は一つ一つ口にし始める。
「背は高く、浪人の様な出で立ちだったそうです。顔はよく見えなかったが布のようなもので顔を隠していた、とも聞きました。」
「たったそれだけか…。そいつの名前はわかんねぇのか?」
原田の問いに、土方は広げた文を畳の上に置き、文の最後にだんと手をついた。
「…その名前なら、ここに書いてある。」
その手を上げ、その下にあった人物の名を睨みつける。
「北上清虎。」
わずかに晴れた雲から差し込む月の光が、その名前を照らしていた。