幕末誤想事件録

□誤想、三。
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あの日の様な、月のない夜。

隊を引き連れ、暗い夜道を歩く。
斉藤と俺が北上清虎を捜索する事になって五日。
なんで俺達と監察方だけなのかとは思ったが、一斉に動いて浪士達に感づかれないようにするためらしかった。
それに、総司や新八なんかが北上の話を聞いて捜索に出たとして、本人に会ったらすぐに手が出そうだしな。
昨日の昼は斉藤が捜索に出ていたが、そこで監察方の隊士から情報を聞いたらしい。
浪士たちが頻繁に出入りしている呉服屋があるらしく、張り込みを続けている山崎に様子を聞くため、山崎と落ち合う予定の場所へ向かっていたのだが。

「…お前ら、ちょっと止まれ。」

後ろにいる隊士数名に声をかけ、足を止めて息を潜める。
そう遠くない所で人の争う様な声と物が壊れる音がしたのだ。
…喧嘩か?
こんな人通りの少ない道でなんて珍しい。
止めに入ろうかと思ったところで、急に物音が消える。

「…なんだ…?…ッ!」

不自然なほどの静寂。
路地の曲がり角から様子を窺えば、少し離れた所で壊れた樽に寄りかかって血を流す男と、それを見つめながら平然と立っている男。
平然と立つその男は、血を流す男を見て肩を上下に動かしているところをみるに笑っているらしかった。
何を考えているのか理解できない。
静かに月の光に照らし出されたその姿は、頭には袈裟、口布で顔を隠し、衣服は古そうな浪人風。
その背中には野太刀を一振り背負っていた。
背も高い。
不審な男の特徴は、まさに…。

「…まさか、アイツが北上清虎か…?」

こうしてはいられない。
隊士達を引き連れ北上と思わしき男の元へ向かう。
こちらに気づいた男は、その場から走り去って行く。
逃がすわけにはいかない。
血を流す男の処理を隊士に任せ、単独で男の後を追う。
血を流す男は既に息絶えていた。
樽によりかかっていると思っていた男は、よりかかるのではなく折れた板が体を貫いている状態だった。
刺さっている位置と出血の量から手遅れなのは明らかだ。
前方を走っている男の背中を睨む。
かなりの細身であるにも関わらず、体格の良い男の体を板で貫くという常人の力ではできない様な惨い殺し方をした男。
筋肉馬鹿と言われるほどの新八でもあそこまでできるとは思えない。
しかも、殺した男は浪士。
死体の横には脇差が転がっていた。
それに対して男は刀を抜いていない。
背中に背負ったままだ。
脇差だったにしても、抜刀した浪士を素手で殺したというのか。
男は草鞋を履いているのだが、速度は全く落ちず、逆に距離が開いてきている。
槍を握る手に力が入る。
…奴はかなりの手練らしい。
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