幕末誤想事件録

□誤想、五。
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土方歳三は、驚愕していた。

「………………………。」

襖を開ければ、そこには畳の上でうつ伏せになっている男。
これが入隊を希望する人間の態度だろうか。

「土方さん?どうかしたのか…って、寝てやがんのか清虎の奴!?」

襖を開けたまま動かないでいる俺を不思議に思ったのか、原田が部屋を覗けば案の定その目を見開いた。

男はようやくこちらに気がついたのか、頭を上げて顔を向けたと思えば、

ゴン。

すぐに元の姿勢に戻った。

「おい、清虎!新選組の副長が来てんだぞ?起きろって!!」

『………。』

原田に声をかけられてもピクリともしねぇ。
ふざけやがって…。

「いい加減起きやがれってんだ!!」

『ぐぇッ…!?』

部屋に入り、男の背中の太刀を掴んで体を上げさせれば情けない声が男から漏れる。
…随分と楽に持ち上がったが、この男、身長の割には細身にしたって軽すぎやしないか。

『ちょっ、苦しい…。』

「堂々と寝るなんざいい度胸してるじゃねぇか?」

『ごめんなさい起きますからその手を放しやがって下さい。』

…この男は俺をなめているらしい。
無理やり上げた男の体を上下に揺さぶる。

「てめぇ、今なんて言いやがった!?」

『うわぁ、助けて原田組長様ー。』

「お前なぁ…。…土方さん、放してやってくれ。」

助けをこう割には感情の読み取れない淡々とした話し方をする男。
太刀を掴む手を放せば、再び情けない声を上げて畳に落ちた。
…本当に、こいつが話に聞いていた男なのか。
原田がやれやれといった様子で男を起き上がらせる。

「ほら、起きろ!寝惚けてんじゃねぇよ、大丈夫か?」

『顎打った。痛てぇ…。』

顎をさすりながらぼやく男。
その顔は長い前髪と口布、袈裟によって隠されほとんど見えない。
浪人風の服装に、腰には見た事のない布製の入れ物が二つ。
西洋渡来のものだろうか。
ただの浪人がそんなものを持っているとは思えない。
男の年齢はまだ若い、青年と言ってもおかしくない。
どこかいいところの家で勘当でもされた若者というところだろうか。
先ほどからの態度もそうだが、世間知らずにも程がある。
…それにしても変わった男だ。
服装もそうだが、刀は腰に差さず、背中に背負ったひと振りだけ。
野太刀なんて背負っていては抜刀ができない。
しかも、柄の位置は男の右肩。
これでは左手で抜く事になるのだ。
斉藤の様な例外もいることにはいるが、男を見る限り左利きではない。
…この男は、刀を抜く気がないように見える。
そんな男が新選組に入隊希望をしたというのか。

「こちらの方が北上殿ですか、土方君。」

平助に連れられて来た山南さんと近藤さんが、俺と原田の足元に座り込んでいる男を見る。
普段は入隊希望者が来たら笑顔で対応する近藤さんも、今回ばかりはそうはいかない。
険しい顔で男に問いかける。

「…貴方が、北上清虎殿か。」

先ほどまでの態度が嘘のように、背筋を伸ばして居住まいを正している男。
いつの間にか背中の太刀も下ろされていた。
そのまま畳に手をつき深く頭を下げる。

『はい。仰るとおり、私が北上清虎にございます。』

感情のない声を出していたとは思えないほど凛とした声で、北上は答えるのだった。
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