幕末誤想事件録

□誤想、七。
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手に持った小袋から金平糖を摘んで口に放り込む。

ああ、苛々する。

ここ数日、新選組内で何か起きているのには気づいてたんだ。
監察方の隊士達が頻繁に屯所を出入りしてるし、なぜか三番組と十番組だけが妙に動いてたしね。
それに、佐之さんはいい意味でも悪い意味でもわかりやすいから、何か隠してるのなんてすぐにわかった。
そんな時、佐之さんと平助が浪人の男を屯所に連行してきたんだ。
きっとその男に何かあるんだろうなとは思ったけど、別に気にもとめてなかった。

…今朝の会議まではね。

近藤さんや土方さんが言うには、尊王攘夷派の浪士達が新選組襲撃を企てている事と、武器庫の場所を掴んだから今夜は捕物になるらしい。
一君と佐之さんが動いていたのはその調査だったみたいだ。
情報提供者が、昨日捕まえた男らしいんだけど。
驚いたなぁ。
なんでそんな大事な事を隠してるのかな、土方さん達は。
屯所襲撃だなんて、とんでもない話じゃない。
なんで一君と佐之さんだけに任せちゃうのかな。
しかも、情報提供者の男について説明されたのは名前、今夜の捕物に同伴する事だけ。
土方さんに山南さん、あの近藤さんまでその男について詳しくは言えないなんて言うじゃない。
それに、知らないのは僕だけだったんだよね。
平助や新八さんは佐之さんから話を聞いたみたいだった。
それだけでも苛々していたのに、口が滑りやすい平助にその事をうまく聞き出してみれば…。
男からの文の内容、態度、全てが気に食わない。
今すぐ斬りに行きたい。
…だから僕にこの男の事を詳しく言わなかったんだろうな。
酒に酔っていた?
ふざけてるのかな、酒を飲んだにしても、文の内容は新選組を馬鹿にしてるとしか思えない。
しかも、自分から入隊希望をしてきたくせになかった事にしてくれだなんて。
土方さん達は甘すぎる。
そんな男を一日だけにしたって客人として屯所にいさせてるだなんて。

口の中の溶けかけの甘い塊を奥歯で噛み砕く。

…本当に、苛々する。

小袋の紐を結んで文机の上に投げれば、結ぶのが緩かったのか、口が開いて何粒か金平糖が転がり出た。
ああ、もう。
畳の上に転がるそれを放置して、自室から出た。
向かう場所なんて決まってる。
北上清虎。
その男がいる部屋に向かっていたところで、聞き慣れない声に平助に千鶴ちゃんの声が聞こえたんだけど。
…正直言って、ちょっと笑いをこらえるのに苦労したかな。
北上って男は、土方さんの事が嫌いみたいだ。
そこだけは好印象かな。
そこだけは。
その後、土方さんが来て部屋に連れ戻されたみたいだ。
隠れていた場所から気配を消して男のいる部屋に向かう。
中からブツブツと声が聞こえてくる。
襖を僅かに開けて中を覗けば、頭には袈裟、背中には野太刀の男の背中。
こちらには気づいていないみたい。
平助の話では、手練の男と聞いていたんだけど、そうでもないじゃない。
音をたてずに部屋に入り、男に声をかけた。

『どちら様ですかね?』

どちら様?
そうだ、ちゃんと名乗らなくっちゃね。
土方さんと千鶴ちゃんの事について考えていたという男の言葉に、いよいよ抑えられずに笑っていた僕は、笑みを浮かべて男に答える。

「あはは、ごめんね。…僕は新選組一番組組長、沖田総司。」

笑みを浮かべても、どんなに笑っても、やはり。

『…私は北上清虎といいます。』

この変わった男を斬ってしまいたい気持ちがなくなる事はない。

「うん。君の話は聞いてるよ。」

逆に大きくなってくる。

『………………。』

本当に、

「あれ、…どうしたの?僕の顔に何か付いてるのかな?」

この男は、

『お言葉ですが、笑いたくなければ笑わなくても結構ですよ。こちらが見ていて顔が疲れますので。』

気に食わない。
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