幕末誤想事件録

□誤想、八。
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複数の足音に囲まれ、夜道を歩く。

今日は天気が良かったから、夜でも月明かりで行動しやすい。
しかし、

「…北上。」

『……………。』

「…聞いてんのか、北上。」

『……………。』

「いい加減返事くらいしろ!」

『…うぐぐ……!』

頭の袈裟を思い切り引っ張る土方。
それを見てニヤニヤしている沖田。
新選組の捕物に同行中の私は、すこぶる機嫌が悪かった。



『おお、坊っちゃん!……と、どちら様ですかね。』

捕物に向かう少し前、私のいる部屋に姫若子こと雪村の坊っちゃんと白襟巻きの男がやって来た。

「こんばんは、北上さん。そろそろ捕物に向かう時間だから広間に来るように、と土方さんが。」

『そうですか、わざわざありがとうございます。…で、襟巻きさんはどちら様ですか?』

襟巻きがムッとした顔をする。
いや、ムッとしたのはこっちも同じなんですけどね。
何も言わずにガン見されるし。

「…俺の名前は襟巻きではない。」

『私は北上清虎。襟巻きさんは?』

「…新選組三番組組長、斉藤一。」

………白襟巻きの腰を見れば、刀が右差し。
へぇ、斉藤一って本当に左利きだったのか。

『貴方が斉藤組長様でしたか。…ところで、これは何ですか。』

斉藤が私に向かって何か差し出している。

「…見ればわかるだろう。新選組の隊服だ。」

斉藤の手には、綺麗に畳まれた浅葱の羽織。
うわぁ、かっこいい。
手に持って広げてみる。
修学旅行のと比べものにならない価値があるわ。

『…で、これをどうしろと。』

「あんたには、これを羽織って隊務に同行してもらう。」

『ほう。……あー、うん?』

思わず頷いたはいいが、ちょっと待て。
私がこれを着るの?
いや、それ自体は嬉しい事だけど。

「何だ。何か問題でもあるのか。」

問題も何も。

『…これ着たら、新選組の隊士みたいですね、私。』

「実際には違うのだが。…見えないこともない。」

いやいや、見えるだろ。こんな派手なやつ。

『こんなの着たら、捕物の時に浪士にぶった斬られますよね、私。』

絶対そうなるよね、嫌な予感しかしない。

「しかし、あんたが隊服を着ていないとなると、うちの隊士に斬られる可能性がある。」

「そうですよ、北上さん。羽織りを着ないと危ないです!」

『いや、お二人の言いたい事はわかりますが。…間違えると思います?私みたいなのを。』

「…………………………。」

やっぱり二人とも黙っちゃったよ。
こんな格好してるのに間違えないでしょうに。

「……自覚はあるのだな。…だが、万が一の事態も有りうる。着てもらわねば困る。」

一言余計だ、白襟巻き。

『……もし、これを着るとして、私がついて行く事になるのはどなたですか?』

「…一番組組長、沖田総司。」

『あー、却下ですね。着ません。』

なんでよりにもよって沖田なんだよ。
昼間に殺害予告されたばかりなんだけど。
その時はなんとか話を流せたけどさ、本当はめちゃくちゃ怖かったんだぞ。
捕物の後に殺すって言われてるけど、隊服を着てあいつの前に行ったら秒殺されるわ。

『なんでよりにもよって沖田組長なんですか。浪士というより彼に殺されるんですけど。』

「北上さん、沖田さんとお会いしたことがあるんですか?」

『ええ、昼間に少しお喋りしまして。捕物が終わったら私を斬り捨てるそうですよ。』

「えっ!?」

いい反応だ、坊っちゃん。
誰でも驚くよね殺害予告なんて。
斉藤は面倒だという様に顔をしかめた。

「…総司の他に新選組幹部は土方副長も同行する。心配する必要はない。」

『もう最悪でございますね。』

「これは副長命令だ。隊服を着ろ、北上。これ以上時間はかけられん。」

『…………………。』

私は別に新選組隊士じゃないから副長命令関係ないし、なんて土方副長リスペクトの居合いの達人に言えるわけもなく。

いやいや隊服を着て、唯一の癒しである雪村の坊っちゃんの励ましを受けつつ、土方と沖田の間に挟まれ浅葱色の集団の一人として歩く事になったのだった。
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