幕末誤想事件録
□誤想、九。
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急に響いた、耳に残る大きな打撃音。
振り向いてみれば、地面に倒れている浪士。
少し離れたところには、浅葱の羽織を着た変わった男が平然と立っていた。
いったい、何が起きたというのか。
「ねぇ、土方さん!…っと、」
目の前の浪士を斬り捨てながら、同じく刀を振るう男に声をかける。
「総司、無駄口をたたく暇があるなら、…手を動かしやがれ!」
「やだなー。ちょっと聞きたい事があるだけですよ?」
脇ががら空きの浪士の腹を蹴り上げながら、続ける。
「彼、さっき何をしたんですか?見逃しちゃったんだよね、僕。」
土方さんは相手をしていた浪士から刀を抜きながら言った。
「……浪士を、殴っただけだ。」
「…殴る?それだけじゃ、人間はあそこまで吹っ飛びませんよ。」
僕よりは少し低いけど、高い背丈。
その割には細身の体。
手足も色白で細い。
刀も扱えるのか疑わしい様な体格の男がやるなんて無理がある。
「…それでも、あいつは拳一つしか使ってなかった。」
……冗談ではないらしい。
「へぇ…、まるで化け物じゃない。平助達が言ってた事、本当なのかも、ねッ!」
後ろから平隊士に斬りかかろうとしていた浪士の背中に突きを喰らわせる。
「やっぱり、面白いなぁ。北上清虎って。」
刀についた血をふるい落とし、その面白い男が走り去った路地の暗がりを見つめ、再び刀を浪士達に構え直した。
まだまだ、捕物は終わらない。