幕末誤想事件録

□誤想、十四。
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月も高く登り、人々が寝静まる時間。

『…当たり前だけど、狭いし埃っぽいな。』

北上美涼は、仮の自室となった空部屋のとある暗い空間にいた。

『…電源入れるの久しぶりだわ。…眩しっ!』

彼女の手の中には、光を発する箱状の物体。
その光に目が慣れたあたりでその光を発する面で座り込んでいる自分の足元を照らせば、そこには自分の持ち物、未来の道具が並んでいる。

『さすがにここなら大丈夫だろ。荷物の整理しないとまずい。』

手の中のスマートフォンの画面の明るさを調整し、早速美涼はその光を頼りに荷物の仕分けを始めた。

新選組に入隊する事となった美涼は、雪村千鶴と同じ小姓の様な立場に置かれる事となった。
それを幹部達から伝えられ、正直な所かなり安堵した。
暮らす場所にもすぐに慣れなくてはいけないが、行動は最小限に抑えたい考えだったからだ。
自分が未来から来た事、性別など色々と秘密を隠して生活しなくてはいけなくなってしまった今、小姓になればできる限り人との接触が少なくできる。
そして、個人的に話しやすい姫若子こと雪村千鶴と同じ仕事、しかも自室付きだ。
雑用ならば剣の腕がなくても問題はない。
非常に都合が良かった。

その後の昼間は藤堂に新選組の屯所の案内をしてもらったのだが、その後しばらく平隊士数名とお互いにささやかな挨拶をしていたところで土方に首根っこを掴まれ自室に引きずられていき、そこから雪村の坊っちゃんと仕事の打ち合わせをしたのが午後だ。

新選組隊士としての心得、かの有名な局中法度の説明と御自分の立場をわきまえて≠ゥら始まる長い説教を山南にしていただき、自室に戻る辺りから隠している顔を見せろ≠ニ沖田がしつこく絡んできたのが夜だ。

そして、山南からの説教の内容は
平隊士に絡むな、あまりうろちょろすんな
という内容が主で、私が知ってしまった新選組の秘密は平隊士達も知らないようだった。
それにしたって、ただお互いに挨拶をしていただけなのだし説教は酷いと思う。
とりあえず、山南は怒らせたら面倒な事になるのはわかった。

そして沖田がとんでもなくしつこかった。
無理やり袈裟を脱がそうとしてくるあたりが一番面倒で、今日は守りきったが沖田が諦めてくれる様子もなく、数日は安心できないだろう。
…数日どころではないかもしれない。

そんなこんなで色々と忙しい一日のおかげで、私はある事に時間を割けなかったのだ。

荷物整理である。

旅をしていた私は一ヶ所に留まる事がなかったため未来の道具を他人に見られる機会なんてなかったのだが、新選組に入隊してしまったからにはそうはいかない。
色々とある未来の道具≠ばれない様に工夫、あるいは処分する必要があった。
しかも、小姓の仕事は明日から始まる事になっていて時間がなく、小姓の仕事の隙を見て新選組に荷物を漁られる可能性が大いにある。
主に鬼副長とかに命じられて動く監察方とか、白襟巻きとか、特に沖田とかだ。

たかが荷物整理にしたって、その荷物はこの時代にはない物であり人に見られたくないのだが、やはり私はまだ信用されていないためかご丁寧に監視役の隊士が自室の外に座り込んでくれているから困る。
沖田が部屋の中に侵入している事に気づかなかったレベルの人間なのだから、覗き見されても気づかないのが目に見えるのだ。

部屋の中から出ることなく、外の見張りに怪しまれずに荷物整理をするにはどうするべきか

そこで私が悩んだ末の行動は、部屋に布団を敷き、それを適当な物で人が寝ている様な形状に整えた後、空になった押入れの中で作業をする。

子供が親の目を盗んで夜中に何かをする時に使用する定番のテクニックである。
まさか今になって活用される日が来るとは思わなかったが。

『…あー、押入れの中狭い。ドラちゃんよく寝れたな。』

元は空部屋だった部屋の押し入れなのだから埃っぽい。
スマートフォンの光で押入れの隅を照らせばまだいくつか新選組の荷物が置かれている。
試しに古臭い小さめの木箱を手に取り埃を払って開けてみれば、何も入っていなかった。
丁度いいので処分する持ち物をその中に詰め込んで再び埃を被った荷物達に戻し、申し訳程度に他の箱を乗せて隠した。
処分できる時期を見計らう間、ここで荷物には眠っていてもらおう。
荷物の仕分けも終わり、押し入れの埃っぽさに口布をつけていて良かったと思いながらスマートフォンの画面の明るさを下げた。

未来の道具が使っても減らないのと同じ様に、電子機器も一年前の状態を維持し続けている。
画面上部の電池マークの横の数字は72%
いつまで経っても変わらない。
変わった事は、電波が入るわけがないからアンテナが立たない事、メールや電話が一切使えない事だ。
携帯電話としての機能は皆無な状態だが、ライトの代わりに使ったりで意外と役に立っている。

『新しくゲームとかカメラのアプリを入れたばっかりだったのにな…、ん?』

スマートフォンのアプリを開いたり閉じたりを繰り返していたところで、静かだった部屋が急に騒がしくなり、襖を開け放つ音が響いた。
喉の奥から漏れそうになった声をぐっと抑える。
人が部屋に入ってくるなんて想定外だ。
二、三ほどの男の怒鳴り声と足音がどたどたと振動になって押し入れの中を揺らす。

「…なんだ、こいつ起きねえぞ?」

「ちょっと待て、おい!布団の中に奴がいないじゃないか!?」

「なんだと!?」

震える手でほんの僅かに押し入れの襖を開き、部屋の様子を覗けば手に木刀を握った隊士が三人。
その内一人は見事に布団を引っペがしてくれている。

『うわ、どうすんのこれ…!』

本当に想定外だ。
今の状況で押し入れの中から出て行く勇気なんてない、無理だ。
しかも、まだ私の足元にいくつか未来の道具が転がっていて、現にスマートフォンを握り締めているのだ。
押し入れの中にいた理由を聞かれても困ってしまう。
どうにかして隊士達に退室してもらわないとまずい。

「部屋から出ていないのは確かなんだろうな!?」

「まずいな…。副長に報告してこようか?」

「ああ、頼む。俺達は奴を探そう。」

隊士の一人が部屋を慌ただしく飛び出し、残りの二人は部屋の中を探し始める。
副長に報告なんてされて幹部総出の大事になったら大変だ。
焦っている間にも、隊士の一人が押し入れの方に近づいて手を伸ばす。

こうなったら一か八かだ。

襖の僅かな隙間から腕だけを突き出し、隊士の顔にスマートフォンを思い切り近づけ、

『おりゃっ!!』

「……ッ!?」

パシャリと連続の軽いシャッター音とフラッシュが、男達の叫び声と共に部屋の中に反響するのだった。
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