幕末誤想事件録

□誤想、十六。
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『…どうしたんですか、こんな時間に。』

「酒だよ、酒!一緒に飲もうぜ!!」

『はい?』

辺りが暗くなり、月も高く昇る頃。
藤堂、永倉、原田の三人は北上清虎の自室へとやってきていた。
三人とも両腕に大量の酒を抱え、状況を把握できていない北上にお構いなしで部屋へと踏み込んでいく。

『あの、もうそろそろ寝るつもりだったのですが。』

「おいおい、寝るにはまだ早いだろ?いいから座れって。」

原田が北上の腕を掴み、半ば強引に北上を三人の輪の中に座らせた。
既に藤堂は杯に酒を注ぎ始めている。

『…酒はこれから控えようかと…。』

「そんなこと言うなよ、ほら!」

永倉は勢い良く北上の背中を叩きながら、その手に酒がなみなみと注がれた杯を押しつける。

『申し訳ありませんが、土方副長殿に見つかったりして拳骨を喰らうのは嫌です。』

中身が溢れそうになる杯を睨みつつ、それを畳の上に置いてその場から立ち上がろうとする北上の肩を原田と永倉が慌てて押さえつけた。

「大丈夫だって!土方さんにはちゃんと許可を取ってきてるからよ!!なあ、左之?」

「ああ、その辺は抜かりねぇから安心しろ清虎!」

二人の言葉を聞いてもがくのをやめた北上に繰り返し酒を促す三人。

『…そうですか。では、いただきます。』

おとなしく座り直し、目の前に置かれた杯を手に取った北上は口布を下ろすとその酒を煽った。


北上清虎を酒に酔わし、情報を聞き出す

北上の情報調査として、永倉達三人は美涼の部屋を訪れた。
この作戦は土方に許可を取った上で実行されているのだが、大の酒好きであるこの三人にとって考え方を変えれば、

北上が酒に酔うまで自分達も好きなだけ酒が飲める

という内容の作戦のため、非常に喜ばしいものだった。
もちろん、北上の情報を聞き出す事を前提には考えている。
しかし、この三人は既に北上に間者の疑いをほぼ持っていないため、どちらかといえば調査ではなく個人的に相手の事を知りたいという方が正しいところだ。
本当にただ調査という名目で北上と酒を酌み交わしに来ただけともいえる。

『…うん、美味しいです。このお酒。』

「そうだろ!それはとっておきなんだぞ?」

『そうなんですか。ああ、私が酒を注ぎますよ。』

「おう、ありがとよ。」

北上は袖をまくると、手酌をしていた永倉から酒を受け取り永倉の杯に酒を注いだ。

「それにしても、細いよなぁ清虎って。」

杯を口に運びつつ、藤堂が袖をまくった北上の腕を指先でつつく。

『やめてくださいよ藤堂組長、これでも気にしてるんですから。』

「たしかに細いが、平助に言われたくねぇよなぁ、清虎?」

「ひでぇよ左之さん!」

『まあまあ、私はこういう体質なので。藤堂組長の方がやはりたくましいですよ。』

へらりと笑いながら北上は原田の言葉に唇をとがらせる藤堂の杯に酒を注ぎ入れる。

「ところでさ、清虎って歳いくつなんだ?俺と同じくらいだよな?」

続けて原田と自分の杯に酒を注いでいる北上に藤堂は首をかしげた。

『たぶん、藤堂組長よりも年下ですよ?二十を過ぎたところですし。』

「なんだ、俺より一つ下なのか。」

「いやぁ、たった一年の差でこの身長差!」

「うるせぇよ新八っつぁん!」

ニヤニヤと笑う永倉の腕を不機嫌そうに肘で小突く藤堂の頭に手を置き、原田が北上に視線を向ける。

「俺ほどじゃねぇみたいだが、背はでけぇよな。新八か総司と同じくらいだろ。」

原田の問いに、北上は勢い良く酒を口に流し込んだ。

『…残念な事に、沖田組長の方がほんの少し背が高いんです。沖田組長より高くなるのが目標です。』

「…本当に嫌なんだな、総司が…。」

『そりゃあ、嫌になりますよ。あんな大声を出したのも数ヶ月ぶりでしたし。』

「それ、俺も聞いた!千鶴に助けを求めてたやつだろ?山南さんとか土方さんも北上はあんなでかい声も出せたのか≠チて驚いてたぜ。」

『ほう、そんなにでしたか。…少しばかり恥ずかしいですね…。』

恥ずかしいと呟く割には顔色も特に変えずに酒を啜る北上に藤堂が続けて話しかける。

「清虎はさぁ、これ以上背だけでかくなってどうするんだよ?体支えられないだろ、そんな細い足じゃ。」

原田と永倉に散々言われたせいなのか、胡座をかいた北上の足を完全にいじけた様子でつついている藤堂の言葉に、北上はいやらしく口角を吊り上げた。

『…先ほどの腕といい、男相手にどこを見てるんです?藤堂組長の助平。』

「はぁ!?」

次の瞬間、口に含んだ酒を思わず吹き出す原田と永倉。
北上からの衝撃的な言葉に藤堂は顔を真っ赤に染めながら勢い良く北上の足から手を離す。
それを見て原田達二人はより一層大きく肩を揺らした。

『そういえば、助平≠チて藤堂組長のお名前と似ているような…。』

「や、やめろよ清虎ッ!それ以上言われたらッ、は、腹が痛てぇ!!」

『…藤堂助平?』

「頼むからやめてくれッ!笑い過ぎて腹の傷がッ、ひ、開いちまう…!!」

「お、おい!笑うなよお前らッ!!」

腹を抱えて笑う永倉と原田の背中を何度も叩きながら、どうにか話題を変えようと藤堂が声を張り上げる。

「そ、そうだ、理由!なんでそんなに背が伸びるんだよ!?」

『ふむ、理由ですか?…やっぱりアレかなぁ。』

急な質問に腕を組んで首をかしげる北上。

「そうそう!何かあるんだろ?」

『そうですねぇ、…牛乳かな。』

「………は?」

藤堂の素っ頓狂な声と共にその場の動きが固まる。

「…わ、悪いな、清虎。なんて言ったかよく聞こえなかったんだが。」

「ああ、俺もよく聞こえなくてよ。…もう一度、言ってくれねぇかな?」

笑うのをやめて恐る恐る聞き返してくる原田と永倉に、口に含んでいた酒を飲み込み北上は口を開く。

『牛乳ですよ、牛の乳。』

平然と言いのけた北上に、固まっていた三人の男達は狭い部屋に絶叫を響かせたのだった。
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