小鉢、椀盛

□あいたい、あいたい。
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会いたい。

貴方は、今、何処にいますか。

私は相変わらず、新選組の監察方として、屋根裏や床下を駆けずり回っている毎日です。

臨時の女中という名目で初めてお会いした時、緊張していた私に貴方は優しい言葉をかけてくれましたね。

今でも、はっきりと覚えています。

私が女中だけでなく、監察方としても動いていた事を知った時の貴方の顔も。

貴方は、それを私にやめるように繰り返し言ってくれましたね。

貴方の言葉を私は受け入れませんでしたが、その言葉は私を思って言ってくれていた事は痛いほどわかっています。

本当は、とても嬉しかったんです。

つい強い言葉で突っぱねてしまっては、申し訳なさに人目を忍んで泣いていました。

でも、貴方の言葉に頷く事はできなかった。

新選組が成り立つには、どうしても汚れ役というものが必要でしたからね。
女だけが請け負える汚れ役も必要だったんです。
それに、私は新選組に御恩がありますから、この仕事を辞める事なんてしたくなかった。

私が強く貴方の言葉を拒んでからというもの、それからはお互いに距離を置くようになりましたね。
お互いに名前で呼び合っていたのに、いつの間にか初めて会った時よりもよそよそしくなって。
それから間もなく、貴方は御陵衛士として新選組から去ってしまった。
最後に門ですれ違っても、お互い何も声をかけなかった。

私達の道は分かれた。

本当は、行かないで欲しかったけれど、貴方と私の道は違いすぎた。

悲しかった。

それからの毎日が、どこか薄っぺらいものに感じてしまうのは、貴方との毎日が充実していたからでしょうか。
今でも、思い出すと頬が緩むのがわかります。

女中としての私の仕事を手伝ってくれる貴方。

捕物から無事に帰ってきた時の貴方。

沖田さんとの試合に負けたと悔しそうに話す貴方。

永倉さんや原田さんと一緒にお酒を呑む時、私も誘ってくれる貴方。
そのまま騒ぎ過ぎて、斉藤さんか土方さんに怒られる事もありましたね。

巡察の帰りに、私と雪村さんにお土産を買ってきてくれる貴方。
一緒に食べれば、ほとんどは貴方が食べてしまって。
貴方は甘い物が好きだから、食べ過ぎて体を壊したりしていないか心配です。

本当にあの頃は、楽しくて、楽しくて…。

やっぱり、最期はあなたに会いたい。

今の私は頬が緩んでいますが、とても醜いものでしょう。

左右の目を、刀で一閃されてしまったから、何も見えないけれど。
同時に一突きされた脇腹と喉から、私を濡らして血が広がって行く事だけはわかります。

ごめんなさい。

貴方が一番心配していた事が起きてしまった。
任務に失敗して敵に見つかった。
情けなくも、私は今、独りで死にゆくところです。
倒れた体が、酷く痛みます。

監察方として毎日動いている、とは言いましたが、もう明日からそれはできない。
いいえ、私はもう明日を迎えられはしないでしょうね。
今更、貴方に声を、気持ちを伝えなかった事を後悔しています。
結局、何もかも私の独り善がりで、伝えたい事があるのに、逃げてばかりの人生でした。
あと、“言う”というのもおかしいですね、私は喉を突かれてまともな声なんて出せないのだから。
漏れるのは、嗚咽と湿った浅い呼吸音。

それに、貴方は、もう、私の傍に……。

体が独りでに起き上がる。
いや、誰かが私を抱き起こしてくれている。

出血の量が多すぎて、意識も遠くなっているし、耳も遠くなっているけれど、僅かに聴こえる、ずっと聞きたかった声を、間違えはしない。

『藤堂、さん、でしょう?』

涙が溢れて、目の傷にしみて痛む。
貴方は今、どんな表情をしていますか?

『藤堂さん、ごめんなさい、…平助さん。』

声を絞り出す。
背中に回された腕が震えてる。
やっぱり、怒っているのかな。

『平助さん。あのね、私、私……。』

もう、嗚咽と血にまみれて、聞き取れるとは思えないものだけれど。

『あの時から、貴方にずっと…。』

口から、喉から、瞳から、血と涙と嗚咽に埋もれゆく最期の独り善がりの言葉を許して欲しい。
私は、独りで死にゆくから。
ああ、なんで早く、貴方に伝えなかったんだろう。

会いたかった。

耳からは完全に音が消え、もう何も、聞こえはしない。
貴方の声を、もっと聴きたかった。
自分から、歩み寄れていたのなら、こんな事にはならなかったのでしょうか。
共に歩む事ができていたのなら…。
最後の言葉はもう吐息に近いものだったけれど。

貴方に、伝える事はできましたか。



己の腕の中で零れた言葉。

独り善がりで傷つけた、二度と動かぬ愛しいお前を。

震える腕で、かき抱いて。

願うのならば、もう一度。

貴方と。

お前と。

あいたい、あいたい。

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