【◆A】One more time!

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「じゃあ、行ってくる。おばさんたちにもよろしく」

「ええ、行ってらっしゃい。頑張りなさいよ、未来のエース」

「おう!」


今日は青道高校野球部のために用意された「青心寮」への入寮日だった。
昨日の昼の新幹線で東京に着いた栄純は、一晩千歳の下宿先でお世話になったのだった。彼女の下宿先であるこの家は、彼女の父方の親戚にあたり、自分とは血の繋がりはないのだが、主人が野球好きのためか、栄純には好意的である。わざわざ寮に入らなくとも、青道高校まで徒歩5分のここに下宿すればいいと言われたが、早朝練習などの関係もあり、何より栄純たっての希望で入寮することになった。


まだ幼い息子から手を離せない叔母に代わり、千歳が玄関先まで栄純を見送りにきた。そして「未来のエース」などとからかいながらも激励の言葉をかけ、栄純もそんな彼女の真意を理解して頷き、これから世話になる「青心寮」ー懐かしい5号室へ向かったのだった。



管理人室で簡単な手続きを終え、鍵を受け取って、自分が以前お世話になった、そしてこれからお世話になる5号室を目指して歩く。


(入って早々に倉持先輩に悪戯しかけられたんだよな)


ふと蘇る懐かしい思い出に思わず笑いがこぼれる。


(増子先輩は確かエラーで二軍に落ちちまって、喋ることを禁止してたんだっけ)


あまりの懐かしさに涙がこぼれそうになって、栄純は慌てて涙を引っ込めた。


(会う前からこんなんで大丈夫かよ俺……)


あの人たちの前では決して泣かぬと昨夜決めたばかりではないか。これでは自分の決意を聞いてすぐに従姉が言った言葉通りになってしまう。


(こいつの後ろなら大丈夫だって、そう思ってもらえるピッチャー目指すんだろ!)


もちろんエースになることは諦めていない。けれど、それ以上にあの人たちが安心して後ろを守れる、こいつなら大丈夫だと思ってもらえるピッチャーになりたいと栄純は思っていた。
そのためには、彼らに涙は見せれない。
そう言った栄純を複雑な顔で見つめながら、何かあったら我慢しないで私に言いなさいと告げた従姉は本当に自分に甘いと彼は思った。


そんなことをつらつらと考えながら歩いていれば、算用数字で「5」と書かれたドアが見えてくる。すぐ側には、自身の名前と懐かしい2人の先輩の名前。
栄純は大きく深呼吸をして、目の前のドアを叩いた。


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