短夢弐
□Calliope
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全てが崩れ去る前に、もう一度聞かせて。貴方の歌を。その歌と詞で、冷えきって凍てついたこの胸をとかして。
貴方の温もりが、母を思い出す。貴方のその詞が、失われたものを取り戻す。あの日見た星を、思い出す。
この世界が崩れさっても。この遥かな空が、砕けちり跡形すら残さなくなっても。貴方の歌があれば、海は蘇り、大地は歌うから。
だから、どうか。もう一度聞かせて。あの歌を。あの詩を、あの詞達を。貴方が心に宿す灯火で、傷を癒して。抱きしめて。
Calliope。女神。遥かな昔、Calliopeは歌った。勇壮な詩を。雄大な歌を。人々の傷を癒す、暖かく灯火のような詞を。女神は語った。誰の心をも、詞と歌は溶かすのだと。
例え名がなくても。母が無くとも。温もりで傷を癒し、暖かな詞でつつむ。ーーーー皆等しく、海神から生まれ、星の鼓動を受け継ぐ人なのだから、と。
この心が、御天で星が輝いていた証ならばーーー。どうして、こんなにも冷めているのだろう。どうして、傷が耐えないのだろう。
この命が、海神の祷りの果てならば。大地が謳い、續って生まれた命ならば。どうして、こんなにも奈落の果てまで堕ちてしまったのだろう。
皆、等しく。Calliopeは、女神は歌った。ーーーならば、どうして。この心は、命は。傷を負い、癒えることのないまま生きてきたのだろう。
男に、名前はない。薬を売るから、薬売り。人らしい名前も、家族も、性別も、温かみもない。どこで落としたのか。いや、最初からなかったのかもしれない。
女神は語ったという。人は海神の祷りと、星の祷りの果に生まれてきたのだと。………ならば、自分はどうして、歌や詞で癒えるような心を持たなかったのだろう。
薬売りに、大切なものなどなかった。彼は一人だから。星に祷ることも、歌を聴くこともなかった。人ではないから。……いつだって、孤独。
人が生まれたのが地の果なら、薬売りは地下深く、灯火すら与えられないような暗闇で生まれたに違いない。……冷めた心が、それを語っている。
でも、そんな彼でもーーー傷ついて、苦しんで。声が枯れるまで叫んで、祷って。どのくらいそうして生きていただろう。
………気づけば、彼の隣には温もりがあった。