短夢弐

□赫赫に燃ゆ
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けれど何故かーーーあの記憶が要らないものだなんてことは、今の薬売りには思うことが、どうしても出来なくて。








あの、赫赫の花………そしてそれを恐れ、愛しいものに近づけない自分。離れていく赤い唐傘、背中、髪ーーー待ってくれと、手を伸ばしたかった。








過去の自分は、結局その背中にたどり着くことができなかったのだろうか。花を恐れ、赫赫に目を眩まされてーーーその背中を、引き止められなかったのだろうか。








考えれば、どうしようもなく虚しくなってくる。今の自分に置き換えればーーーあのままであれば、薬売りは躑躅の背中をみつめるしかないのだ。








行くなと願いながら、見つめることしかできない。花など踏めば終わりだと分かっていながら、それができない。………あぁ、恐ろしい。薬売りは恐怖を振り払うかのように、躑躅に抱きついた。








顔を近づければ香る、躑躅の香り。今は、何も遮るものはない。あの赫と燃える花は……ここには、存在しない。








「主様、如何なさいました」






「怖かった……俺は、恐ろしかった。ーーーーお前を、二度と垣間見れないのか、と……恐ろしかった」








そこにいるのに、近づけない。そこにあるのに、距離は遠く。背中は遠のいていく。やがてーーー見えなく、なって…………。








私は、主様からは離れませぬ。離れることが、未だ許されておりませんーーーー。無機質で、何処をとっても無感情で。けれど……それでも構わない。今は、躑躅の存在が、欲しい。








「離れないでくれ。……ずっと、そばに………」








ーーーいてほしいーーー。言いそうになって、薬売りは口を閉ざす。そんなものは、叶わない。彼女はいずれ…役目を終えたら、消えてゆく。








ずっとそばにいることなど。叶うはずもないのだ。ーーーあぁ、あの赫赫の幻はーーーーもしかすると、いつか来る別れを仄めかしているのかもしれない。








薬売りの心にある、躑躅を手放したくないという思い。いつか来る別れへの、どうしようもない恐怖。ーーーー彼岸花は、知っている。








恐ろしくて、怖くて。今でも、脳裏にあの花が蘇る。………振り払って、しまいたいほどに、咲き誇っているのだ。








躑躅、行かないでくれーーー。そんな身勝手な願いを押し付けて、薬売りは今日も………別れを、恐れ続けているのだ。
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