長夢弐
□水龍 二の幕
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金色の獰猛な瞳をたたえた龍が、木々を押し倒し、生臭い風を巻き起こしながらこちらに首半分を突進させてくる。
相手が自分よりはるかに大きいなら、札も効かまい。薬売りは歯を食いしばりながら、右手を龍に翳して結界を張り巡らせる。
木々の札はもう今にも赤く燃え尽きてしまいそうなほどに真っ赤な模様を生き物のように滾らせていて、龍の叫びに呼応しているようであった。
薬売りとはまこと分からぬ男だ。右手1つで龍の進行を食い止める彼を見ながら、神官は呆然と龍を見上げる。
龍のいわれは、先祖代々から語り継がれていた。がしかし、龍の恨みがこんなにも肥大しているとは、誰が思えようか。
無知とは哀しきかな。式神の扱い方も、龍の封じ方も知らぬ子孫…つまり神官の御世に龍が蘇るとは、実に間合いが悪い。
神官はそばに控える躑躅に視線をくれると、初めて式神である彼女に、命らしい命を下した。
「其方も、あの男と共に水龍様を防げ。私は祝詞をあげよう」
「相分かりました」
躑躅の返事もろくに聞かず、神官は本殿に片足を引きずりながらも駆け足で引っ込んでいく。
薬売りは神官が引きずる左足を見やり、一瞬訝しげな表情をしてみせた。が、それが行けなかったらしい。
龍は唐突にまた雄叫びをあげたかと思うと、薬売りに向かって、結界を破りながら身を踊らせた。
「何!?」
慌てた時には既に遅し。目を見開く薬売りの視線の先には、既に龍の鋭い爪が、すぐそこまで迫っていた。
誰もが来るべき薬売りの惨事に目を塞ぎ、耳を覆う。誰もが諦めた、その瞬間である。
「糾」
何かを唱える怜悧な躑躅の声とともに、龍が身をくねらせながら苦しみはじめ、木々の間に体を横たえる。
ずしんと地面が揺らぐ感覚と、龍の弱々しい叫び。そこから先は龍が弱ったのか、なんの反応もない。
薬売りが驚いて躑躅に振り返るが、彼女は例の如く無表情で、ニコリともしているはずが、なく。
あまりに一瞬の事で、皆は何が起きたのか分からなくなってしまうほどであった。
「今のは」
「主様から教えていただきました、術にございます」
主様。きっと彼女を召喚した張本人のことなのだろう。式神にしては高等すぎる術も、なるほどそれなら頷ける。