長夢弐

□影踏み 一の幕
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影を踏まれてはならぬ。影を踏まれたら、鬼になる。


踏まれてはならぬぞ。月夜に外に出てはいけない。子供達は、何も知らずに影を踏む。




さすればお前は、鬼になるーーーー。





月がよく出ていた。月の出た夜には、城勤めの父を迎えにいかねばならない。



今宵も、城勤めの父の為、小春という娘は、足早に待ち合わせの柳の下に急いでいた。よく、晴れていた。



こんな夜には、村の子供はよって高って下駄を突っかけて外に出て、影を踏むものである。




影を踏まれてはならぬ。昔から、小春の父は言っていた。城勤めの厳格な父らしく、なんども彼女に言っていた。




だから小春は、幼い頃から影踏みへの恐怖を刷り込まれて、決して影踏みに混ざることはなかったし、今日だって、こうして小走りで踏まれぬように急いでいる。




それにしても、月がよく出ている。月明かりに照らされた柳の下に、父らしき人影がいるのを見て、小春はほっと息をつく。




そして走ろうと裾を軽く割った、刹那であった。




「影は道神、十三夜は牡丹餅ーー」



「!!」



すぐそばで子供達の影踏み歌が聞こえたかと思うと、振り返った小春の影を、五、六人の子供が一斉に踏んでいた。




たんぼの畦道に隠れていたのだろう。子供達は嬉しそうに歌を歌いながら、小春から逃げるように引き返していく。




ーーーー影を、踏まれてはならぬぞ。月夜に外に出てはいけない。ーーー



父の言葉が反芻するなか、小春はへたりこみ、道の真ん中で尻をついた。
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