長夢弐

□影踏み 二の幕
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月が高く出た。夜半である。躑躅はお蜜が小春の敷布を用意しているのを見ながら、濡れ縁で月を見ていた。


お約束のとおり、彼女は小春が寝て、そのモノノ怪が出るまでそばに控える所存である。



その無表情からは何を考えているかわからない。小春は横目で彼女の横顔を見つめながら、首をかしげた。



「本当に、躑躅さんは私が寝るまでそばに控えてくれるの?」


「左様」


「怖くないの……?」



小春が恐る恐るとう。躑躅はその躑躅色の切れ長の瞳をちらりと小春に向けると、私は、と呟いて息を吸う。



その一瞬、彼女の胸元で金色の何かが輝いた気がして、小春は目を見開いた。が、刹那には何もない。




「私には、恐ろしいという感情が解せません」



「わ、分からないって……?」



「口で言うならば難しゅうものでしょう。私には、人の情の起伏がないようで」



自分でも分からないのか。その状況が分からない小春は、驚いたようにはちみつ色の目を見開く。


まるで誰かにそう答えろ、と教えられたことを忠実に守っているかのように、無表情かつ無機質なのである。




だが躑躅が冗談を言っているような声色ではなくて、小春はつい掛ける言葉をなくし、黙り込んでしまった。




「小春様。お布団のご用意ができました」



「あ、あらそう、ありがとう」



遮るように言ったお蜜の言葉に、小春は怯えたように答え、せっかく芳しくなっていた顔を真っ青にさせる。




お蜜が退室し、小春は恐る恐る部屋の中央に敷かれた敷布に足を入れ、まるで自分を守るように布団にくるまる。



躑躅も濡れ縁から部屋に移動し、襖や雪見障子を全て閉め切ると、小春の枕元に腰をおろした。




小春はそれをおびえたような目で見つめると、彼女に向かって、小さく行灯は、とつぶやきかける。



「行灯は…どうする?躑躅さんが起きてるなら、つけておくけど…」



行灯の光が怖いのだろう。行灯の光は室内に影を作り、自分の影をうみだしてしまうからだ。



躑躅は機械的に首を横に振ると、行灯の小窓を開き、息を吹きかけて火を消した。




「私は闇に慣れておりますから。おやすみなさいませ、小春様」




すぐそばの暗闇からきこえる無機質な声に、小春は安心したように微笑む。




そして見えぬ闇に膝を折る躑躅に笑いかけ、ゆっくりと窪んだ目を閉じた。
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