短夢弐

□夢から醒めた夢
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何千年も前から、俺はお前にであっていたような気がする。初めて薬売りが彼女を見た時、心の中ではそう呟いていた。




記憶の中で、眠りについている。深い水底のような、暗くて冷たい、紺碧の世界。自分の瞼はまだ開くには重くて、その世界を朧げに見ていた。




手を伸ばしても、限りなく光には遠い世界。髪や衣服は流れに揺蕩うようにふわふわと浮かんでいて、彼の瞳はひたすらにそれを追っていた。飽くことなき、真夜のようで。




上に行けば明るいだろう。自分の意思で、浮くことなく地面に足をつけていられるのだろう。ーーーけれど、上の世界には……確とした彼の居場所は、ない。




この水のように、一所に留まることなくどこかに流れ続けて、自分の固い殻に閉じこもり、感情をも自分で何処かに打ち捨てる。彼は、上に行くことの愚かさを知っている。




だから、彼はこの世界が好きだ。冷たくて、決して暖かくもない。むしろ底辺に等しいような世界。けれどここには、彼がいるべき場所はある。




綺麗な世界などでなくていい。自分の感情を堪えることなく吐き出し、泣いて、笑うことができるなら……どんな無造作な世界も、彼は受け入れられるのだから。




見渡す限りの紺碧。温もりもない、自分一人だけの隔絶された世界。けれど、それでも彼は拒まない。一人きりを、拒んだりなど、しない。




ーーー何故なら……。




口を開く。ほんの少しの泡と共に、言葉が吐き出された。その、刹那。





ーーー世界は、万華鏡のように割れ、光があちこちに乱舞する。たくさんの光の泡粒と共に、一人きりの彼の前に、大きな影が姿を現した。




光の万華鏡を背に、その影は長い髪を水に揺らしながら、彼にゆっくり寄り添うようにその首に手を回す。奪われていく体温が、僅かに拠り所を為した。




その影は、光に反射して白く映える手を彼に伸ばし、頬に手をあてがう。紺碧の世界に、うるさいほど映える白。影が纏っている羽衣が、水に舞う。




幽かな泡。その影は口を開くと、ほんの少しだけ笑って見せ、彼の頬に唇を寄せた。そして…。




ーーー……………ーーーー。




言葉は、乱反射する。意味などないからっぽの言葉は、彼の耳に浸透し、やがて頭までをも侵食していった。
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