短夢弐
□めずらしきもの
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躑躅が、風邪を引いたーーー。
別に、風邪は珍しい病気ではない。昨今の寒空は身に凍えるものであるし、降り積もる雪も、なおさらに部屋から暖かみを奪うような冬。
風邪など誰でも引こう。実際この宿場に入ってからも、薬売りが扱う肺や喉といった風邪でやられる器官の薬は、飛ぶように売れてあっという間に無くなってしまった。
そう、風邪は珍しい病気ではなく、ごく溢れた病なのだ。だがーーー。
「まさか、お前が風邪を人から貰うとはね」
「今まで鎌倉の山にいたものですから、病には耐性がございません。主様が、昨晩おっしゃっていたではないですか」
…………この無表情、無機質、無感情。ありとあらゆる無を揃い集めたような式神である彼女がよもや風邪を引くとは………だれが、思えよう。
確かに、式神といえど彼女には臓腑があり、血が通っている。よく、人に似せてある。おそらく風邪をもらった原因は、今まで鎌倉の山に籠っていたからであろう、いや、絶対そうだ。
昔、南蛮人に滅ぼされた名もない部族の死因が、南蛮人が運んできた病気で、部族はそれに耐性がなかった故に、武器持たずして滅んだというような話もあるくらいだ。躑躅も、似たような境遇下である。
だが、分かっていてもいざ目の前にするとーーーやはりなんだか違和感があって、薬売りは不思議な感覚で躑躅に薬を与えた。
式神も、病にはかかるんだな。薬売りがいえば、葛湯を飲んでいた躑躅が、こんこんと咳をしながら薬売りに向き直る。………その頬は、やや赤い。
「病とは、人に寄生する低級なものです。ですから、私と共鳴しやすいのかと思われます」
「共鳴、ねぇーーーとりあえず、早く薬を飲みなさい」
申し訳ありません。躑躅が、無駄の無い動作で薬包紙を開く。中から覗いた苦い香りのする粉末は………人は誰であろうと、飲むのに間違いなく戸惑うだろう。
だが、躑躅がそんなことを思うはずもなく。………彼女は薬包紙の先を細くしてそれを手に取ると、開けた口にさらさらと流し込んだ。
躑躅の赤い舌と白い歯の間に、粉末がさらさらと流れ込んでいく。苦くないはずが無かろうが、躑躅はやはり無言のままに、それを葛湯で飲み込んだ。
…………なんだか、珍しい光景だ。啖が絡むのか、時折喉を抑えて息を吸う姿や、咳をしながら綿入れを手繰り寄せて羽織る姿。
どれも、躑躅が唯一無から有に変わる瞬間である。感情こそは、辛いとか苦しいとかは思っちゃいないだろうが。
「さぁ、躑躅。お前は大人しく寝ていなさい。俺は、少し商いに行ってきますよ」
「申し訳ありません。お気を付けて」
薬売りに布団を肩まで羽織らされながら、躑躅が無機質にいう。普段よりも荒い息使いは、風邪が重いことを表していて。
今日は早めに切り上げよう。襖を開けた瞬間の冷たい風に、薬売りは改めてそう思った。