短夢弐

□産まれしもの
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躑躅が風邪を全快させてから、早数日。時は経つのが早い。時は過ぎ去るものである。風邪の余韻を引っ張りながらも、躑躅は幾分か人里の寒さに耐性がついたようであった。








が、やはり閉じこもったいた数百年は、重い。今度は彼女は、飯を食うときに、口内から血を流してしまった。病の次に、また病である。








今度はなんだ。躑躅に顔を近づけ、薬売りが彼女の口内をのぞきみる。ぽっかり開いた暗闇の中に、ひときわ主張していたのはーーー。








「ーーーーお前。これはね、華だ。風邪の華。どうやら、まだ寒さに慣れていないらしいな。食べている時に、異物感はなかったのか?」






「異物感とはーーーなんでしょうか」






つまり口内炎である。免疫低下の兆候なのだが、彼女はやはり寒さには不得手らしい。無表情からは伺えないが、病は正直だ。







なんでしょうか、と聞かれ、薬売りはなんと答えていいやら分からず、額に手を当てて黙り込む。ぽかりと口を開けたままの躑躅は……なんともまぁ、愛くるしいのだが。








これでよく飯が食えたものだ。薬売りが血に気づかなければ、彼女は口内炎の異物感にすら気付かず寒空を生きていただろう。まこと、危なっかしい。







「本当は、食べるなといいたいのだがね。………それ以上何も口にしなかったら、死んでしまうだろう。ほら、口をあけて」







言われるがままに、躑躅は口を開く。薬売りは軟膏を指につけて彼女の口内に指を入れると、華の所にそれを塗りつけた。







傍から見れば不思議な光景である。軟膏を口に塗る男と、ただひたすらに口を開けて男を真っ直ぐな瞳で見据える女。







残りも、舐めておきなさい。薬売りが指を彼女に差し出していえば、躑躅はやはり戸惑いすらなく、薬売りの指を赤い舌で舐めた。







白い指を這う、赤い舌。躑躅は長い睫毛を伏せ、薬売りの指についた軟膏を言われたとおりに舐める。………あぁ、そうだった、と薬売りは片眉を上げた。







ほんの冗談のつもりであったのだが、そうだ。躑躅に冗談というものは通用しないし、彼女の中では存在しない。薬売りが言うがままだ。







今だって、ほんの薬売りの悪戯なのだがーーーどこまでも従順な彼女は、やはり薬売りのいう通りになんでもしてしまう。







その睫毛を伏せた美しい顔ばせに、薬売りは心が沸き立つのを、あの躑躅が風邪をひいた時と同じように感じた。
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