短夢弐
□世界から君が消えた日
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雪が降っている。しんしん、降り注ぐ。その寒い寒い白銀の中、薬売りは雪の上に座し、俯いていた。
薬売りの周りの雪は、自分の血、それとも躑躅の血ともつかない血だまりで、赤黒く染まってじんわりと広がっている。
薬売りの膝に頭をもたげる躑躅の体も、躑躅の体を腕に抱く薬売りも、血だらけ、傷だらけで。
もう、いつまでこうしていただろうか。降りしきる雪の中、躑躅は光の消えかかっていた瞳を薬売りに向け、青白い唇で言葉を紡いだ。
「もう、お別れですね。主様ーーーー最後まであなたの役に立つことができて、私は幸せでした」
「躑躅………」
どうしてこうなったのだろう。今にも目の前で消え去ってしまいそうな躑躅の命を前にして、薬売りは何も考えることができなくて。
唯一分かることは、躑躅が役目を終えることなく死んでしまうこと。そしてそれは………彼女が、モノノ怪から自分を庇ったゆえの結果だということ。
躑躅の頬に触れる。まだ暖かいというのに。彼女はちゃんと生きているというのに。あと少ししたら、躑躅は薬売りの腕の中で死んでしまうのだ。
時間が、止まればいい。このままでいい。どんな形でも、躑躅が生きてさえいればーーーもう、薬売りはなんでも良かった。
自分勝手だろうか。躑躅の体から溢れる血を掬いあげても躑躅を助けたいと思う薬売りは、やはりわがままでしかないのだろうか。
だけどそうまでしても構わない。どうか、時を止めて。冷えゆく彼女の体に積もる雪を払って。奪われていく、温もりを取り戻して。どうして、それは叶わないのだろう。
躑躅。薬売りが名を呼べば、彼女は光の消えかかっていた瞳を彼に向け、かすれた声で返事をする。この光さえ、薬売りの手元からは………やがて消えていってしまうのだ。