短夢弐

□赫赫に燃ゆ
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彼岸花が、一面に咲いていた。真っ赤で。赫と燃えるように咲き誇る花が、あまりにも炎に見えて。薬売りには、近寄れなかった。








遠くに見える人影。傘をさしたている。振り返る。真赤な花を瞳に写して、人影は無表情で彼岸花の中に立っていて。








近づきたい。けれどーーーー薬売りは、怖いのだ。この花が。この、炎にも似た色の花が。いつか飲み込まれそうで怖いのだ。








下駄で踏めば、茎ごと折れるだろう。なんてことはない。呆気ない存在だ。けれどーーーやはり踏むのも怖く、また何より焼き付くような色が怖くて。








花ごときに、遮られる。あぁ、なんて虚しい。あぁ、何て悲しい。笑えない。真赤な花の中、傘はくるくる回っていた。人影は、さらに奥に消えていった。








「彼岸が見せる幻でしょう。古より、彼岸花は特別なものとして見なされてきましたから」








そうだかね。茶を飲む。思わず火傷しそうになった舌を引っ込めて、薬売りは躑躅の言葉に虚ろな返事を返した。








躑躅が、モノノ怪を探りに行く途中。人ごみにはぐれ、二人が遮られたあの時。街道に溢れ返った人々が、薬売りの瞳には彼岸花に映った。








赤赤と咲く花。毒々しいほどに赤い。そしてーーー何故か躑躅の背中が見えなくなるのが、酷く怖く感じれたのだ。行くなと。待ってくれと。








あれは幻なのだろうか。現に、躑躅は今ここにいるし、人ごみが彼岸花に見えることもない。だとしたらーーーあれは、なんだったんだ。








「彼岸花。その人の記憶を呼び覚まし、見せる。そういう話もあるようです」







「記憶ーーー?」






「彼岸花の群れ。傘をさした人影。全ては、主様の記憶なのでございます」







「………私の……記憶」







あの、禍々しいほどの赤は。全て、薬売りの記憶なんだろうか。分からない。何も覚えていない。なぜ、自分はあんなにも彼岸花を恐れていたのか。








分からない。思い出せない。ーーーーだから、妙に怖くなる。失った記憶や、理由もないままに彼岸花を恐る自分を。








「…………俺には、わからない」







「いずれ埋もれていく記憶。出来事。必要ないと自分が判断した瞬間に、それは消えていく。ーーー主様は、その記憶を要らないと判断したのでしょう」







「ーーー要らないから、自分で忘れた、と?」







出過ぎた真似を致しました。一息に言い切って、躑躅が頭を下げる。ーーー要らないと判断すれば消えていく記憶。自分は、彼岸花に関する記憶を……要らないと打ち捨てたのか。
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