短夢弐

□正義
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「ねえちゃん、だからどいてくれって」








「私にはそれはできませぬ」







「……聞き分けのねぇねえちゃんだなぁ。だから、どけって」








ですから、出来ませぬーーー。盗賊まがいの汚い成りの男と、躑躅の攻防。男は舌打ちをし、躑躅は極めて無表情である。








人通りの多い大通り。道の真ん中で互の瞳を見る二人は、何をどう考えてもーーーー目立つものでしか、なく。








薬売りははぁ、とため息を吐いて頭を抑えると、自分を庇うように立つ躑躅の背中に、ちらりと一瞥をくれた。








「ねえちゃんよぉ。俺はちょいと、そこの兄ちゃんと話をしたいだけなんだ。ぶつかっておいて、謝りのひとつもないのはおかしいだろう?」








「貴方様が酔ってぶつかったものとお見受けいたしました。貴方様が鯉口を切って話をしたいとおっしゃる限り、私はこの方を守ります」







「ごちゃごちゃうるせぇねえちゃんだなあ、いいから、どけよ」







「では刀を収めていただくことをお願いいたします」








躑躅の言葉に、おとこはうっと息を呑む。そしてやはり刀に手をかけたまま、自分を見つめる躑躅に舌打ちをした。








まぁ、ことの発端はーーー躑躅が言った通りである。酔っ払って薬売りにぶつかった男が、何によってか逆上をし、刀を抜こうとしているのである。








まぁ、この男、かなり酔っている。そんな輩に、まともに刀が抜けるとは思えない。捩じ伏せようと思えば、薬売りにはそれが可能なのだが。








ーーー躑躅は、どんなふうに教えられてきたのやら。薬売りの身の危険を察してか、先程から薬売りの代わりにこの男と対峙し、頑としてその場を退かないのだ。








あの、ねえーーー。当事者であるはずの薬売り。彼は刀を抜こうと鯉口を切る男と、やはり無表情な躑躅を見つめ……交互に溜息を吐く。








その溜息を何を感じてか、男は薬売りを怖い目で睨みつけたかと思うとーーー刀の柄に右手をかけ、たからかに叫んだ。








「貴様、馬鹿にしやがってーー!!!!」








しゃきん。刀の柄と、刃がなにかにこすれるような音。やれやれと溜息を吐く薬売り。民衆はきゃぁ、と叫び、来るべき惨劇に目を閉じた。が。








ーーーやはり、ただのお話ではないようですね。躑躅の声。そして………いつの間にそこに移動したのか、男が抜きかけた刀の柄を、手のひらで押し返している躑躅の背中。








いや、男は刀を『抜きかけた』のではない。『抜いていた』のだ。それは………躑躅の頬にできた擦り傷が、物語っている。








なのに、あの一瞬でーーー?男が瞬きをするかしないかのあの刹那で、躑躅は刀を押さえつけていたのだ。ーーー信じられない。








「な、なんだお前ーーー!!!」








あまりの身のこなしに、男は目を見開き、怯える。そしてようように刀を収めると、やや転びかけながら、元来た道を全力で引き返していった。
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