短夢弐
□声を聞かせて
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「声をーーーー聞かせて」
何もかも、この世の偽りすら振り払って。いつかくるものへの恐れすら、忘れて。自分の醜い欲望すら、なかった ことにして。
そうすれば、君は笑ってくれるだろうか。優しく抱きしめて、その声に、顔に、優しさと笑顔と慈しみを、浮かべてくれるのだろうか。
声を聞かせて。君だけの、声を。君にしか紡げない、歌を。君だけしか囁けない………こんな醜い自分への、せめてもの慰めを。
春になれば、花が咲くように。夏になれば、若葉が生い茂るように。秋になれば、紅葉が山を、野原を彩るように。冬になれば、雪が世界の音を奪い去るように。
世の摂理のように、君の声を求めていたい。笑顔を、求めていたい。だからーーーーその声を聞かせて。笑いかけて、優しく包んで欲しい。
「主様ーーーー」
何から何まで無機質で、無感情で。そんな君の声すら、耳に入れば綺麗な歌声になる。時を告げる、鐘になる。琴になる。
こんな愚かな世の中で、更には愚かに異形の者と接さねばならない自分でも。君の声を聞けば、なんだって受け入れられる気がする。
強いものが、弱い者を下敷きにするような世の中でも。弱い者が、更に醜いモノノ怪と心を通わせる、闇の中でも。
君の声は、こんな自分にとって、金糸雀のようで、雲雀のようで。ーーーたった一つの、救いの手なんだ。
だから、どうかーーーー声を聞かせて。笑って。抱きしめて欲しい。大丈夫だと、囁いて欲しい。その、無機質な声でも構わない。
義務的でも構わない。なんだって構わない。だから、どうかーーーーその声を聞かせて。その優しい笑顔を、いつか見せて。