長い夢の瞬き

□祷り願うは。
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『お父様!!』





山を下る、その背中。大きな薬箱が、姿を隠してしまうほどにその女のように細い背中に背負われている。小さな幼女は、彼の背中に思いっきり叫んだ。








『次は、いつ来てくれるの!?』








叫べば、夜明け色をした頭巾が振り返り、淡栗色の髪の間から、秀麗な男の横顔。派手な隈取りに、夜明け色の紅。何もかも、鮮やかで。








男は、幼女に振り返り、極めて気だるそうな笑顔を唇に創る。そして………さぁね、と、山に呑み込まれてしまいそうな声で答えた。








『お前がいい子にしていれば、また来月帰りますよ。………弓月、母様を頼む』







『また、お話してね!!』







『……我が子ながら、物好きだ』








呟くようにほくそ笑んで、男は山をスタスタと降りていく。翻る浅葱色。幼女によく似た、尖った耳や短い眉。………やがて、漂った煙に見えなくなって。








完全にその背中が見えなくなれば、幼女は露を含んだ儚い煙の中、慣れたように山を駆け上がり、紅梅色の着物に思いっきり抱きついた。








『父様、また来てくれるって!!』







『そう………貴方は、お父様が大好きねぇ』







ーーーーさぁ、帰りましょう、弓月ーーー








「っ……!!」








布団をはねのけ、起き上がる。見開いた褐返の瞳に映るのは、なんの変哲もない、ただすこぅし古ぼけた町屋の一室。








夢かーーーー。女は安堵したように息を吐き、寝ている間にかいたらしい寝汗に眉をひそめながら、頭をくしゃくしゃとかき回した。








ーーーあんな、昔の話………。








あの、時代がかった後ろ姿や、いつも煙がたなびく山。幼い頃、あの背中を待ち続けた記憶。全部、押し込んだと思っていたのだがーーー。








何がきっかけで、急に夢を見たのだろう。尖った耳や、日本人からはおよそかけ離れた目鼻立ち、髪色、瞳の色。………あれは、片割れであり、誰であろう。








「父上………」








ーーーー彼女の、父の姿なのだから。
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