短夢
□繋ぐ手と手
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真昼の空に、蜻蛉が舞う。きっとあの蜻蛉は、夕方には死んでしまうのだろう。
ぼんやりと空を見上げていた夕弦の白い手を、薬売りの手が包み込んだ。
「何を…見ているんで?」
夕弦はほら、と空を指さし、京の空にかかる虹と、蜻蛉を彼に示す。
薬売りは見事な虹に目を細めると、綺麗でしょう、と笑う夕弦に、極めて優しい笑みを向けた。
こうして京で虹をみたのは、何度目のことだろう。二人はこの地で、数え切れないほど、たくさんのものを見てきた。
そしてこれからも、この地で己が永久の命を燃やしていくのだろう。
二人はやがては消えていってしまうであろう虹を見ながら、これまで歩んできた過去を振り返る。
沢山のモノノ怪を、斬った。理由もなき、罪もなきモノノ怪に、心を痛めた夜もあった。そして…悲しい、別れもあった。
これが人生かと、自分の皮肉な運命を憎んだことも、もちろんあった。
けれどその先にあった未来は…涙が流れるほど、幸せなもので。
これでいいのだと、夕弦と薬売りは心底思える、二人だけのささやかな生活を送っていた。
「夕弦…泣いて、いるのですか」
「え…?」
ふと気づけば、夕弦の頬には、一筋の涙が流れていた。
幸せな涙か、過去を振り返っての涙か。分からない。ただ、とめどなく涙が流れている。
薬売りは夕弦の肩を引き寄せ、もたれ掛かせると、彼女の頬に流れる涙を、優しく拭った。
そして肩を抱き、夕弦の頭を抱え、その下ろし髪を優しく梳いてやる。
「私は、ずっと夕弦の傍にいますよ。消えることなく、ずっと」
「薬売りさん…」
ーーーーだから、もう涙は流さないでくれ。
身勝手かもしれない。だが薬売りは、そう願わずにはいられないのだ。彼女の涙は、悲しくなるから。
夕弦のほうが、薬売りの手元から、虹のように消えてしまいそうで、薬売りは怖いのだ。
夕弦は彼の頬にそっと手を当てて、微笑む。
「なんだか…夢を見ているみたいです」
「夢?」
「幸せな過ぎて…」
これが、夢なのではないかと。いつか終わる、夢なのではないかと。夕弦はいつも、疑ってしまう。
薬売りから与えられる幸せに、夕弦は夢の中にいるようなきがしていた。
だから、夢から覚めてしまうのが、とてつもなく怖くて…。
ーーーー夕弦の思っていることを察したように、薬売りは一瞬悲しそうなかおをする。
そして彼女の手の甲を持ち、口づけを落とした。
「夢じゃあ、ありませんぜ」
そうして笑う薬売りの表情は、どこか悲しそうで。どこか、切なそうで。
夕弦は口づけを落とされた手の甲に広がる熱を感じながら、微笑みを彼に向けた。
ーーーーこれは、夢じゃないのね、と。
この手の甲に広がる熱は、決して夢じゃないのだ、と。
決して醒めることも終わることもない、二人の確かな現実であるのだと。
「そうですね…夢なんかじゃ、ないみたいです」
夕弦の微笑みの横を、蜻蛉が静かに、飛んでいったーーーー。