短夢
□天に願おう
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てんにねがおう。
「あ、今日って七夕じゃないですか?」
仕事から帰ってくるなり一言。夕弦は髪を下ろしながら、何事もないかのように言った。
そういえば、と薬売りもその一言につられ、乳鉢と向き合っていたのをやめて空を見る。
宿に入ったのは昼過ぎ。どうやらあれこれしているうちに、もう夜になってしまっていたらしい。
晴れ渡った紺碧の夜空には、それはそれは見事な天の川が橋をかけていた。
夕弦は目を細めて綺麗、と呟くと、雪見障子の縁に手をついて、ぼんやりと眺める。
薬売りは彼女の隣に腰を下ろすと、背中をはう美しい黒髪を梳きながら夕弦に問うた。
「願い事、しないんですか?」
「あー」
といいながらゆっくり振り返る夕弦。
そして薬売りの手を取ると、自分の両手を重ねて包み込むように指を絡める。
何がなんだかよくわからず、されるがままの薬売りをよそに、夕弦は彼の手と自分の手を空にかざす。
そしてその笑顔のまま、言った。
「ほら、薬売りさんも一緒にお願い事しませんか?」
「…空に願うものではなく、短冊に書くものではないですかね」
「いいんですよ、織姫様と彦星様に届けば」
やはり大人びていても、考えることは年頃の少女そのものである。
薬売りはまあいいか、と、目を閉じて手を組み、空に願う夕弦を横目に笑う。
そして自分も彼女の真似事で、目を閉じてうつむいた。