Story]

□甘い雫
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熱い熱い滾ったチョコレートを、砂糖みたいなその肌へ。とろりと甘く覆い尽くして、冷たく固くなったなら。
「イタダキマス」
この口で食べ尽くしてあげる。


    《甘い雫》


その行為は突然だった。抵抗する隙もなく押し留められた体の上、クスリと笑うのは浅黒い肌をした美丈夫。その緩くウェーブした黒髪の先は驚いて見開かれた眼球の表面を撫でる。
思わず目を閉じれば、ぎしりと押し付けられる重心が腹から鳩尾へと移り、更には口唇をも圧迫された。ふわり、薫るのは香水に似ても似つかぬ甘味。笑いながら頬を舐められ、ぐいと顔を背ければ張り倒して戻された。
「美味しそ」
何を戯れて、と言おうとした刹那、凍るような冷たさが体にぶちまけられた。
「      あああぁあぁああぁあぁ!!!!!!?」
冷たさは、一瞬のうちに激しい痛みへと変わった。じゅう、とどこかで肉の焼けるような音がし、痛みの範囲が拡がっていく。降り懸かる何かを払い退けようとして、手に触れたのはどろりとした半固体だった。
肉が熔け落ちている。とっさにそう思う。痺れるような無感覚へと変化していく自分の皮膚に、気が狂うような恐れを感じつつ手を伸ばす。ずるっ、どろっ。所々厚みや固さを変えながら、「何か」が滑り落ちる。
立ち込めるのは酷く甘い匂いで、込み上げる胃液に更に嫌悪感を加えた。何もわからないまま、引き攣り始める熔けた部分に涙が込み上げる。恐怖を覚えながらも再度触れれば、人とは思えないがさついた硬度。
「……唖、」
ひくりと跳ねた喉にもついに衝撃的な感覚が襲い、抵抗する間もなく悲鳴すら掻き消される。充満する、甘い薫り。濃厚で怠惰なその芳香は、狂おしいほどに心臓を跳ねさせる。そう、狂うほど。
「……っ、ア、ひぁ、ッっつぅ……ふ、ァ」
不規則に打ちはじめた鼓動に胸を掻きむしる。ぼろぼろと固く変質した表皮が剥がれ落ちながら、神経に貫く鋭い痛みを生じさせる。
いつの間にか無くなった体の上の異物は、小刻みに震える体、痙攣する指の一本にまで満遍なく温もりを与えると、唯一平常を保つ汚物塗れの口端にキスを落とした。
酸っぱく苦い、胃液の味。クツクツと笑い声がしていた。それも一瞬。息が停まる。逆流する熱と甘露。耳の中で小さくキュウ、と大事なものが消え失せる音がして、鼻の奥柔らかな粘膜が侵される匂いがして、ちりちりと脳が焼ける。
こぷりと口から何かわからない、ありとあらゆる体液が混ざりに混ざったものが溢れかけ、悲鳴の形に塗り固められた喉に阻まれた。
いつの間にか開いていた目は、何も正常に理解することなく熱に白く濁る。意識はどろりと混濁する。跳ね回っていた可愛らしい赤い心臓も、漸くゆっくりと眠りはじめた。
「……最高」
甘く馨しく、服従の証のように腹を見せ仰向けたまま眠る恋人の姿を眺めながら、うっとりと青年は溜息を吐く。砂糖細工のように白く繊細だったその肌は、今は青年よりも濃く美しい純黒に包まれ艶めいている。
堪らずにかぶりつけば、柔らかい肉に触れた。真っ白い肌は赤く煮崩れたように腫れ上がり、冷めやらぬ熱を内包したまま甘く焦がれて熔けている。
「愛してる」
物言わぬ聖母像のように、溢れ出る毒に塗れて。クロウリーは愛の口付けを厳かに受け入れた。

fin


後書き

チョココーティングのクロウリーとか最高の御馳走だと思います。
……僕も食べたいdeath!!
いや別に焼き殺さなくてもいいんですけど。チョコ熱いよねチョコ。


write2010/2/14
up2010/2/14

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