Story]

□素体
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摘み取られた薔薇には不要な棘なら、きっとそれは間違いの証。


「……何してるんですか?」
薔薇に埋もれる様にして、その人は僕の声にクシャリと顔を緩ませた。棘を、と捧げる振りで翳された薔薇は、小さく鋭いその防護壁を取り除かれ、どこか歪つな美しさで咲き誇る。
「取らない方が長持ちはするんであるが」
ぷちり、と濁された言葉の代わりに、また一つ棘が毟られる。造作も無く、失われる唯一の自衛。
「誰か、怪我をしてはいけないであろう」
どこか寂しげに声を落として言い訳が散った。
丁寧に握り込まれていく不要な切っ先は、生気を失った緑色をしている。瑞々しく主張する枝の先端からは似ても似つかない、褪せた凶器。
「さぁ出来た」
鋭く美しい爪が、柔らかな花弁を一撫でした。
山と積まれた枯れゆくばかりの薔薇の中で、眉をしかめながら薄く笑って、彼は握っていた生ゴミを小さな袋へと落とし込む。
刺さるでもなく手の平にへばり付いた幾らかも、反対の手で撫でられれば呆気なく落ちていく。
その袋は、もう薔薇の欠片たる風など微塵もない。ただのゴミだ。
「済まないが、運ぶのを手伝って欲しい」
不意に僕を振り返り、彼は自分の左にある山を指した。僕は笑って、はいと回り込む。
大輪の薔薇。その一部を失った薔薇。歪んで整えられてようやく完璧に美しい薔薇。
何の危害も無くなった花束を抱え上げ、立ち上る香りに噎せながら処遇を訊く。
「総合管理の方に」
彼は、団服の裾で右隣りの花達を抱き上げながら言った。
「……?」
「ああ」
もう無力な筈のただの切り花へ、何故か慎重に触れる様子に目をやればふわりと微笑が返ってくる。
「こっちの分は、棘付きのままである」
良く見れば、長い腕に収まった可憐な花びらの下には、軽薄な接触を嘲るような尖った武器が残っていた。
良いんですかと尋ねれば、ああ、と花の中に顔を埋める様にしてその人は呟く。
「そちらとは違って、私の分であるから」
苦笑が僕を見る。無言の仕草に、誰かを傷付ける訳でもないし、そう声を聞いた気になる。
「……じゃあ、持って行ってきます」
とんだ幻聴を知らん振りしながら、頼むと頷く彼にはいと微笑う。躊躇いなく歩き始めたその長躯に、後で。声を掛ければ、きょとりと澄んだ瞳が僕を捉えた。
「後でその薔薇、分けてもらえませんか」
彼がにこりと笑う。
「じゃあ、後で部屋に取りに行きます!」
叫ぶように約束をもぎ取れば、からかいの様に歪つな花の香りが肺をくすぐった。
僕の薔薇に、棘はあるだろうか。
枯れてしまえと呪詛を吐きつつ、枝葉を抱き締める。
彼の手で摘まれ、彼の手で奪われ。
お使いのために歩を早める。
枯れゆく、薔薇。
僕は、不快な芳香に息を詰まらせた。


fin


後書き

形成されたモノは本物なのか。あるがままは正式なのか。不釣り合いな美と武器。
手折るのは愛か偽善か。


write2010/3/23
up2010/3/31

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