Story]

□ハートをひとつ!
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ドットの中にはねた染みが、ハートの形に見えたので。


「……ハート」
「ハート?」
口に出すつもりのなかった言葉を繰り返されて、僕はいや!と首を振った。何でもないです。目の前でフォークをくわえているクロウリーに慌てて弁明する。
「なら良いが」
「はい」
クロウリーがにこりと微笑し、食事を再開する。僕はほっと息を吐いた。
染みになるかな。
白地に薄水色のドットが可愛い、良く糊のきいたテーブルクロスをそっと拭ってみる。けれど茶色いその染みは薄まるだけで消える様子はなかった。水でも垂らしてみれば、少しは違うかな。思い付いても、目の前のクロウリーに気付かれないのは無理かと、諦めて染みから目を離す。
「食べないんであるか?」
え、といきなりの質問にテーブルから顔を上げれば、クロウリーが僕を見詰めていた。
「手がお留守であるよ」
にこり。
笑われた。
「た、食べます!食べてます!!」
クスクスと笑う声を聞きながら、慌てて食事に戻る。半分ほど平らげた大判のハンバーグステーキは、まだ控えめながら湯気を立ててくれていた。
「美味しいであるなぁ」
「っふぁぃ、」
あ、変な声。
頬張った塊は、肉汁の絡まったデミグラスソースと共に僕の口の中でじわりと旨味を拡げていく。けれどそれは同時に僕の声の邪魔もした。
「……ふふ」
また、クロウリーに優しく笑われてしまった。ああもう!飲み下してもクロウリーは食事に戻ってしまっていて、声をかけるタイミングがない。
少し待とうかと思ったけれど、手を動かさない僕に気付いて、きっとクロウリーはまた尋ねて来るだろう。
「……」
やけくそで再び口に放り込んだ大きな大きな塊は、やっぱりとても美味しかった。



「御馳走様」
「ごちそう様でした」
店から出て、煉瓦通りを眺める。駅までは少しある。確かこの通りからなら、五分も歩けば着くはずだ。
道は真っ直ぐ。これなら僕でも迷わない。
「アレンアレン」
どちらから来たかを思い出しながら踏み出せば、急に右手を握られた。
「そっちは逆である」
「え」
迷子になったら大変であるよ。
ふふ、と笑って、クロウリーが歩き出す。僕の手を取ったまま。
僕の手を握る手の平は大きくて、強く握られた訳でもないのに、離すことは出来ない。二枚の手袋越しにクロウリーの熱がわかった。
でも、これ。
擦れ違う人が僕らを見ている。それはそうだ。手を繋いだ僕とクロウリー、こんな怪しい二人組はそうそういない。
「あの、手ッ」
「あんな所に露店がある」
抗議。する前に。くい、と引っ張られるまま、気が付けば露店の前。
「え、聞いてますか?クロウリー?手、」
慌ててそのマントを空の左手で掴む。
「これを一つ」
「あいよ」
「あの!クロぅむ、」
「美味しいであるか?」
「……ふぁい」
掴んで、結局何も出来ずに頷いた。
「もう一つ、そちらのピンク色のものを」
「ほい、これね!」
抗議するために上を向いていて良く見ていなかったけれど、口に突っ込まれたのは、多分、目の前にずらりと並ぶ可愛らしい飴のどれかなのだろう。
「アレン、はい」
「ぅ」
つんつんと左手をつつかれて、慌ててマントを離せばピンクのハートを握らされた。可愛い。さっき僕がハートなんて呟いたからだろうか?
「兄ちゃんも一つどうだい?」
「いや、私は。ありがとう」
クロウリーは食べないようだった。
甘い香りと甘い味。ストロベリー?舐めながら確かめる。美味しい。
「さて、駅までもう少しである」
口一杯の飴に声を出さずに頷いて、手を引かれるままに再度歩き出した。あったかい手を、クロウリーは歩く調子に合わせてぶらぶら揺らす。少し歩き辛い。手を。あれ?
「!」
慌てて上を向けば、クロウリーもこちらをじっと見下ろしていた。
「……」
「…………」
「……ストロベリーで良かっただろうか?」
こくり、頷くとクロウリーはほっとしたように大きく笑んで、繋いでいない方の手で僕の頭をぐりぐりと撫でた。
「さ、行くである!」
俄然元気になったクロウリーに、転ばないよう小走りで着いていく。
手を繋いで、ハートを握って、口からは飴の棒を突き出して。
街行く人の視線が痛い。恥ずかしいけれど、諦めよう。この顔が赤いのは恥ずかしいからだ。これは絶対に言い訳じゃない。
誰も見ていないから、少しだけ。
「そうそう、駅でラビとブックマンが合流するそうである!」
「!!?」
駅舎の屋根が、目の前に見えてきた。

fin


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