Story]

□ゆあベター?
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「……ふむ」
「うぉ」
ぐい、といきなり後ろに引っ張られ、神田の手から新聞が落ちる。クロウリーは手にきゅっと握り締めた黒髪の先をふぁさふぁさと揺らしながら、はあ、と溜め息を吐いた。
神田は何だ何だと振り向こうとするが、髪は引っ張られたままである。仕方なく横目で犯人を睨みつけてみると、そこにはうなだれてじぃ、と毛先を見詰めるクロウリーがいた。
ぴたり。酷く珍しいことに動揺したらしく、頭にクエスチョンマークを浮かべて、神田の動きが止まる。
「……」
「…………」
「……」
「綺麗な髪であるなぁ……」
何だこいつ。
これまたレアである。神田の眉が八の字を描いた。
ふぅう、と深く深く吐かれた溜め息は酷く深刻そうに見えたが、何分呟かれた台詞があれな為に、どう突っ込むべきかがわからない。
どう突っ込むべきか、というか、何の話かもクロウリーの頭は大丈夫かすらもわからない。
何となく怒鳴ることも躊躇われ、結局神田は怪訝に思いつつも軽くスルーして、おい、と俯きっぱなしの後ろ頭を軽くはたいた。
「あいた」
ばちんという可愛い音と共にクロウリーが少し前のめる。その様子はいつもちょろちょろと纏わり付いてはシバかれる時とさして変わりはなく、神田は漸くほっと胸を撫で下ろし、眉間に皺を寄せた。
「いきなり何すんだ、放しやがれ」
「あ、済まない」
「新聞」
「うむ」
自由になった頭を左右に回し、ふん、とクロウリーから両手で差し出された新聞を広げ直す。一面の写真は眺め終わっている。難しい政治面は飛ばす。
「……おい」
「はぁ……つやつやさらさらである……」
地域のニュースの見出しまで読んだ所で、神田はつむじの方向にくりくりと頭を撫でるクロウリーに静かに突っ込んだ。
「テッメェ……なーにーしーてーやーがーるー……!!」
「ぃひゃいぃひゃいぃひゃい!!」
新聞を投げ捨ててギリギリ両頬を引っ張り上げた。先程の躊躇いはもう無かった。力一杯左右に引く。とりあえずは制裁が先である。
「さっきっからちょろちょろちょろちょろ!何時も言ってんだろが用もなく俺に近付いたり話し掛けたりすんなってこの馬鹿がわかってんのか斬るぞゴラァ……!!」
「ひぅー―――――」
ぐにぐにぐにぐに。
白い頬は良く伸びた。神田は散々掴んだそれを上下左右ぐりんぐりんと動かし倒すとぱちんと放し、分かったか!とよろめいて倒れたクロウリーに釘を刺す。
「いひゃいであるぅー……」
べそべそと泣きながら、クロウリーが頬を押さえてうずくまる。神田はふんと鼻を鳴らすと、また新聞を手にして座り直した。
「じんじんするであるぅ……痛いであるぅ……」
ぐすんと鼻を啜る音がごく間近からするが、神田は長年の鍛練で培った集中力でそれを無視した。スポーツ欄を眺める。
「グス……伸びた……絶対伸びたである……」
そんな訳あるか、と思いながら、神田は誌面のほぼ全ての文字を読み飛ばして新聞を畳んだ。
「神田、新聞を知らないか」
「あ、マリ」
「……何で泣いているんだ?」
不意に、タイミング良くのんびりと現れた人物は、察知した二人の様子に戸惑いながらも、やはりのんびりと二人の側へと歩み寄る。
「神田の髪がいつもより綺麗である」
「……ああ、そうか。うん。で、何で泣いているのかな」
「頬っぺたが伸びたんである……」
「……神田…………」
ばしん、固く巻かれた新聞がクロウリーの頭を一斬り叩きのめした。ひきゃあと妙な悲鳴が上がるが、それにびくついたのはマリだけだ。
「痛いであるぅ〜……」
「……神田、頬「ほら、新聞」
ずい、と質問を遮って、マリの前に丸められた紙束が突き出された。事態の把握は困難を極めた。とりあえずクロウリーの頬は伸びていないらしい。
マリが訳もわからぬままありがとうと新聞を受け取れば、神田はふいっと髪を靡かせてどこかへと去っていく。
「あ、どこに行くんであるか」
その後を、涙を手の甲で擦りながらクロウリーが追い掛ける。
「付いて来るな!!」
「リンス?リンスしたんであるか?」
「石鹸だ!ッ触んなっつってんだろうが!!」
「ふむ?では何が……」
ぽつん。
遠ざかる声を聞きながら、一人残されたマリがええと、と首を傾げる。
「……仲良し、か?」
丸まった新聞は、ぽん、と返事のように手の平で打ち鳴らされた。

fin


後書き

……ええと、仲良し、ですか?
いやなんか神田のデレ8割り増しなのはわかるんだけどラブラブに分類していいのかコレ……?
書いてる方はすごく楽しかったけど、読んでる人はマリさんとすごく仲良くなれそうな話ですね……。


write2010/4/9
up2010/4/10

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