Other's storyU

□汲まない足
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私の手の中で踊れ。



緩く抱き留めた背中は、それを覆う厚い衣服と私の手袋を挟んでも尚、それとわかるほどに汗ばんでいる。私はぼんやり、触れている身体は冷たいものだと感じた。
実際には、服の下には平常よりも幾分熱くなった肌があるのだろうが、私にはその熱が理解できない。私の腕は、優しく支えた背中に、ぐったりと力無く体重を寄せられていた。
「長官、」
ゆっくりと部屋を進み、ようやく今に相応しい家具に辿り着く。どさりとソファに腰を落としたその人に、私は疑問符を匂わせながら声をかけた。
執務室の扉が閉まるなりに、肩を揺るがせた身体を、私はつい先程支えたのだ。私には、問い掛ける義務があった。
「……気にするな。軽い立ちくらみだ」
ふう、と上擦る息を吐きだしながら、牽制の態度が返る。肘掛けと背もたれで上体を支えながら、澱んだ瞳が私を見上げていた。微かに、目のふちが赤い。
瞳がどことなく潤んでいるなどという事実は、私は全く見ていない。
心配を否定され、私は脇に抱えていた手帳を開き、改めて確認をとることにした。
「では、会議はこの後13時からで、変更はございませんか」
「ああ、勿論。
……、
準備は出来ていますね?」
自らに言い聞かせるように強く肯定が返った。ちらりと目線をやれば、赤くも青い顔が、フッと息つくのが見えた。後に続く言葉は、いつものごとく、柔らかな棘を携えて私の仕事に釘を刺す。
はい、
と、私は当然の質問に揺るぎなく答えた。決まりきった会議の準備などに、どうすれば苦難を覚えられるだろうか。
よろしい。細められた目の鈍く鋭い眼差しが、けして言葉が称賛ではないことを示す。
「それでは、会議が始まるまで少し別の仕事をしてもらいましょう。前回の会議で問題に上がった、例の案件の資料が……」
私は、他愛もない使い走りに扉の外へと追いやられた。





「失礼します。先日の会議で再提出となっていたデータは出来ていますね?」
立ち入った部屋の、私を見る視線は冷たかった。投げるように渡される紙束に、それ以上居残る意味もなく、私は即座に踵を返す。去る背中に投げられる嫌悪など、何の意味があるものか。私は、私ごときには向けられない、もっと見苦しい悪意を良く知っている。
廊下の角を、五つ、余分に曲がる。
彼の人はもう卓上の水を飲み下しただろうか。
私にさえ見知ることが許されないその憔悴は、この僅かな時間で多少でも癒されただろうか。
腕に残る微かな震えと、滲む汗の感触。素知らぬふりをさせられることには馴れようもない。
また二つ、角を余分に曲がる。
会議までにはまだ幾許かが残されていた。
私は、その方の意を汲んでいるかどうかも考えずに、また一つ遠ざかるため角を曲がった。

fin


後書き

あれ……?
リンク君が後半「長官www風邪www気づかれてないと思ってやがるバカめwwwwww」って感じになるはずがあれ……?
くそ、長官への思いやりにまけた!!悔しい!!


write2011/5/26
up2011/5/26

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