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□滓穢の白きに
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白薔薇
尊敬・私は貴方に相応しい

…………………


「尊敬、するさ」
ヴェッドの上で、私に馬乗りになりながら、唐突に彼は私の首筋を其のベタリと嫌な感触を纏わせた侭の指でなぞり上げた。

《滓穢の白きに》


窓際から差し込み私と彼に影を作る仄蒼い月明かり。
其れが彼の悪い顔色を更に悪く見せていた。
喉の奥が震え、頭の中が混乱して何を言えば良いのか見当すら付かない。
「ラ…ビ……」
「何さクロちゃん?」
漸く絞り出した声は、早々な返答に其の音を切って落とされ、次の言葉は表情も無く口だけを笑わせて私の目を映す彼の眼球に吸い込まれた。
ギシリと私の動揺に合わせ、マットレスのバネが軋む。
不快な彼の指は未だ私の首をまさぐり、珠に皮膚を摘む様に動いては大動脈を轢き潰す作業へと変わる。
「…」
「…尊敬するさ」
その、汚さに。
私の真正面に据え付けられた様に動かなかった彼の頭部が、口を主として耳の傍に寄せられ、吹き掛ける仕草で囁きを施す。
耳の中を伝う吐息には体温等微塵も滲んではおらず、私はそっと背中を凍らせた。
クツクツと笑いながら、ひんやりと人工物の様な顔が首筋に下ろされ、先程から其処を嬲っていた指は場所を空ける。
存分に伸ばされた穢れにグチグチと舌先が当たり、居場所を奪われた指はヴェッドの白い白いシーツになすりつけられた。
半固形化した紅はシーツに染み入る事無くふるふると繊維の上で其のてらてらとした血餅の表面を晒し、擦れ動いたラビの手の下でぐにりと分裂した。
舌だけが触れていた彼の口部は今や私の首を喰らう勢いで吸い付いており、ぱりぱりと剥がれ始めた紅を吸い、舐め、溶かし、味わい、溜めて飲み下す。
口の中は妙に温かく、そして又冷たい。
かり、と彼の尖った八重歯が唾液にふやけた肌を削った。
「     」
又、彼が同じ事を言う。
含んだ薄紅い唾液を私の首に置き去りにして。
私と口に紅銀の糸を引かせて。
どろどろりと首から重力で汁が垂れて行く。
ほんのりと鉄の臭いがして、重ねて唾液の独特な生臭さが漂う。
微妙な粘りと温かさと冷たさを持った其れは私に侵入するように、染みながら膜を作りつつどんどん流れ拡がって行く。
「オレの、手も、汚れてる、けど」
拡がって行く。
ラビは又私の眼前に其のガラスの瞳をかっちり合わせてにんまりと昔童話の中で読んだチェシャ猫の挿絵に瓜二つな笑みを浮かべた。
あの時私は其の精密な筆画に怯え、本を放り御祖父様の腕と胸を確かめながら泣いたのだ。
しかし、今私には誰も居ないのだ。
目の前の彼ですら私を其の目には写さない。
私は彼の瞳の中に映った私の瞳に写る彼の瞳の中の自分を見まいとどくどくと脈打つ眼神経に温くなった瞼を被せた。
目の前が橙色と紅で作り上げられた闇に支配され、目の前の彼は只の薄ぼんやりと輪郭を持つ影となる。
「なぁ オレの 手も 汚れてる けど。
クロちゃんの 汚れっぷり には 負ける さ?」
鼓膜を震わせ笑いを滲ませて凍り付いた言葉が脳を射る。
見えなくても判るチェシャ猫の笑みが脳裏にチラつき其れはラビの顔から段々とあの赤と黒の主線で描かれた紫や紅の挿絵へと変換されて行く。
「此の手で」
流れた首の唾液は既に胸を浸蝕しそうして今はもう乾きへばり付きながら未だ私を苛もうとじりじりと落ち続けている。
しゅるりとシーツの上を滑る音がしラビの掌が私の手の上に重なる。
かさかさと乾いた紅が手の甲に粉と成り降る。
彼の手は汗を滲ませているのに冷たく、乾いた紅と再び汗に溶け出した紅が気色の悪い肌触りで私を指先から貶めていく。
 
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