StoryV

□*(花盛りの君に)*
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雨が降った昨日の夜は、その辺りにしては珍しく、少し肌寒かった。
そう思ったのはきっと、僕の隣にあの人がいなかったからかもしれない、とアレンは左へ寝返りをうった。
ガタン、ガタンと規則的に響く列車の揺れに、冴えていた目も段々と瞼を閉じさせられる。
うつらうつらとし始めると、つい右手が彼の温もりを探そうとする。
それを何度か繰り返し、漸くアレンはその瞼を完全に閉じた。



梟が五月蝿かった昨日の夜は、何だか眠った気になれなかった。
それはきっと、隣に彼の寝息が聞こえなかったからかもしれない、とクロウリーは眠たい目を擦りながら思った。
洗顔や身支度を済ませ、朝食を摂るために食堂へと向かう。
そうするとつい、いつも彼が立つ左隣りに目線が動く。
何度となく前に向き直りながら、クロウリーは目的地へと進んだ。



帰途、急な調査のためアレンは小さな村に立ち寄った。
駅前の広場には露店が立ち並んでいる。
どうやら貝殻細工が有名らしく、沢山のきらびやかな小物が置かれていた。
あの人だったら、すごくはしゃいだんだろうな。
「あ」
アレンは声を上げ、側の露店に赴いた。



今日も夜には此処を出なければならない。
次の任務先は何処だったかと、クロウリーは資料を開く。
「イタリア…であるか」
魚介類の美味しい所だ。
彼なら、大変に喜ぶのであろうな。
クロウリーは彼の笑顔を思い出し、小さく微笑んだ。




ぱしゃ、と小さく水が跳ねた。
ゴンドラが簡素な造りの船着き場に寄せられる。
「到着です」
目深にフードを被ったファインダーがそういうと、ありがとうございます、と船の上から一人の少年が下りる。
ふぅ、と背伸びをしていると、
「アレン!」
と少年の名が叫ばれた。
「クロウリー!!」
「おかえり、である」
「ただいま、です」
たぱたぱと駆け寄って来た青年に、アレンは飛び切りの笑顔を向けた。
クロウリーも笑みを零しながら、お疲れさまと少年を労う。
「待っててくれたんですか?」
照れながら笑うと、クロウリーは頷いた。
「そろそろだとコムイが教えてくれたので」
迎えに来たのである。
クロウリーがそう言うと、アレンは弾けるように笑って、クロウリーに抱き着く。
「ありがとうございます」
「逢えて良かったである」
今日の夜にはまた任務なのだと言いつつ、クロウリーはアレンの頭を撫でる。
寂しいですね、とアレンは更に強くクロウリーを抱きしめた。
「あ、そうだ」
がさ、と団服の懐から、小さな箱が取り出される。
「クロウリーに」
アレンはその綺麗にラッピングされた小箱をクロウリーの手に渡す。
「私に…?」
「気に入ってもらえるか」
クロウリーが開けても?と示すと、アレンは小さく頷いて自らリボンの端を引いた。
深蒼のリボンが解け、クロウリーが箱の蓋を開く。
するとそこには、絹の台座に嵌まった美しいカフスボタンが鎮座していた。
「……綺麗である」
「任務帰りに見付けたんです」
クロウリーは目を輝かせてアレンの目を見る。
アレンはその様子を目にして、満足気に微笑んだ。
「きっと似合うと思います」
「嬉しいである」
カフスの話をしながらも、二人の目はそれに向けられてはいない。
ただ、お互いの顔を見てはにかんだ様に笑っていた。
しかし、後ろから不粋な声がかかる。
「クロウリー様、任務のお時間が」
は、とクロウリーが後ろを向けば、苦笑顔のファインダーが立っていた。
「あ、す済まない、今」
慌ててクロウリーは小箱を閉め、大事そうに団服に仕舞う。
では、と後ろを向こうとすると、待ってとアレンが裾を掴んだ。
「今度、デートしましょう!」
「ア、アレン…」
そのカフスを着けて、二人きりで。
アレンがクロウリーだけに聞こえる距離で囁いた。
顔が離れていく瞬間に、頬にキスをされる。
赤みが注した顔には笑み。
「では、急いで戻ってくるである」
クロウリーは、どこかしら弾んだ声でそう返した。



「クロウリー様」
ファインダーが櫂を操作しつつ口を開く。
「しっかりして下さいね」
呆れたように声をかけられた本人は、小箱を握り締め締まりなく笑っている。
クロウリーはファインダーの言葉等まるで聞いていないらしく、只愛おしそうに箱を撫でるばかりだった。

fin


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