StoryV

□ ね む り の も り の
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小さな小さなチューリップの花

薄いピンクのはなびらドレス

野ねずみのおばさま

もしくは永い永い百年の眠り

固く守られた古城の中

お姫様のキス

名前はそう


  《 ね む り の も り の 》


何やってんのよ。
エリアーデはたっぷり五分それを見つめてから、はぁとわざとらしく大きな溜め息を着いた。
そしてまた暫くそれを見詰めると、庭作業の為に上の方でぴっちり引っ詰めていた髪を解く。ぱさぱさと落ちて来た髪を何処からか取り出した櫛で整え、エンジェルリングも艶やかに浮き上がったそれを手慣れた様子で二つに分け、それぞれの束を無駄のない動作で美しい三ツ編みへと仕上げていった。
ぱち、と小気味の良い音を立ててゴムが留まる。
それを合図にするように、エリアーデは細身のパンツルックで包んだ体をそれの傍へと近付けた。
あーあぁ、もう、こんなに散らかして。
床、というか、地面というか。とにかくそれが横たわる周りに散らばった本をかき集め、揃えて一カ所に置き直す。
しかし一番上の一冊が滑り落ちてしまい、エリアーデは面倒臭そうにそれを拾い上げて山のてっぺんに置き直した。
と、又すぐにパラパラと音を立て開いてしまう。最後に読んでいたのか、開き癖が付いてしまっているようだった。
ったく……。
エリアーデの眉が美しい目元に少しばかり苛立ちを形作った。
がしっとその美しい指先に似合わない粗雑な動きでその本を掴み上げると、題名をちらりと見て、横たわり続けるそれに寄り添って腰を下ろす。
そうして、開いたままのページから少しばかり前の方をめくり、物語の始まりを告げる常套句を見つけると、ゆっくりじっくりと目を通し始めた。



どれほど経ったか、エリアーデは本をそっと閉じると、ぽん、と本の山へと投げやった。
ばさ、と山が崩れて下に散らばり、又片付ける前に戻ってしまう。
くだらない。
彼女は三ツ編みを縛っていたゴムを解くと、軽く頭を振ってその黄金色をほぐし、
お伽話なんて只の妄想じゃない。
そう呟いて、先程から一向に目を覚ます様子のない背後のそれ――クロウリーに向き直った。
ガキじゃないんだから、こんなの読んでおねんねしてんじゃないわよ。
不機嫌とも呆れとも取れる表情でエリアーデがぺしりと額を叩くと、クロウリーはん?と小さく唸り、寝返りをうつ。
体の向きを整えるだけの小さな寝返りではあったが、二人が乗っている食人花は慌ててその蔓を何時どちらが落ちてもいい様に張り巡らせた。
…親指姫のつもり?
先程まで手の中にあった本を見遣り、またぺちっと額を叩く。
でっかい図体して、馬鹿じゃないの。
冷たい視線が、馬鹿、とその安らかな寝顔に向かって言い落とす。
どうしようか迷うように一拍空いて、又口唇が開かれた。
あんたがここから出て旅するなんて有り得ないでしょ。
ここから出られるなんて思ってんの?
大体、アンデルセンの本なんて何で持ってんのよ。
これも爺さんの趣味?気色悪い。
あんたみたいな時代錯誤な奴にはコレでもまだ早いわ。
読むんだったら、…そうね。
思案を巡らせているのか、彼女の視点が宙に惑う。
暫くそうしてそっぽを見ていたかと思うと、ぱちんと長い睫毛が上下する間に、瞳にはクロウリーが映り込んでいた。
いばらひめ。
その場の周囲に、ふいに何か驚いたような声が響いた。
そうよ、いばらひめが良いわ。
クスクスと艶めいた笑いが後に続き、先ほどクロウリーの額を叩いた手が、今度は優しくその頬を撫でて。
誰も近寄らない、誰も触れられない。
触っていいのは、……
私だけ、と聞き取れない声が最後について消えていった。
ぴたり、頬を撫でていた手が止まり、エリアーデはそっと首を傾けた。
一拍。
…アレイスター。
はさ、とその美しい金糸が、少々乱れた射千玉の髪に被さる。
知ってる?
すっと、抜けるように白い肌が病的に白い肌に近付く。
いばらひめがどうやって起きるか。
紅い紅い口唇。いつもなら形よく弧を描いているそれは、今心持ち緊張を滲ませて半開きで牙を覗かせる彼の同器官に触れようとしていた。

  、

音のない、その行為。
エリアーデは、僅かに目を揺らしてその上体を起こす。
しかし、クロウリーが起きる気配は全くない。
…やっぱり、ね。
感情の読めない声が口から漏れると、起きた体が今度は寄り添うように横たわり目を瞑った。
熱を持たない体に、じわり温かさが入り込んで来ていた。

fin

→後書き
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