StoryY

□暗いすき間
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好きですから何て笑って嘲る少年の酷く歪んだ顔。



「クロウリーは僕のものなんですよ」
良い加減に諦めたらどうですか、とアレンは言った。腕の中では、先程狭い路地裏で立ち姿のまま意識を手放した彼の年上の恋人が眠り続けている。
白髪の少年は老翁じみた笑みを見せ、自分より十インチ以上ひょろ長い恋人の体を軽々と持ち上げて、その晒しっ放しの臀部を見せ付ける。
「見えますか……?」
どろ、と中から零れ出る薄く濁りの有る液体。傍観していた青年には、その白濁が止め処無く溢れる来るように見えた。
赤く充血した肉襞は、つい先刻までアレンを飲み込んでいて。
今佇む青年は、まぐわいの中で反り返る背筋も、押し殺した声も、濡れた摩擦音も、全てを見ながらなおそこに居続けていた。
シュ、と何処からか取り出された燐寸が音を起て火を点す。風も無い路地裏に、揺れる炎が只一つ眩しい。
その炎は動き出すと、まず青年の顔を照らし、煙草の先端に乗り移って燐寸から姿を消した。
くゆる煙を挟み、アレンと青年が視線を交わす。
「ここまでしても分からないんですか?」
そんな言葉が、鋭い矢の様に発せられる。
今ニッコリと笑っているアレンは、青年の前で事有る毎に恋人の白く秘めやかな場所を犯して来た。
ソファー、浴槽、宿屋、それ専用の酒場。野外での強姦じみた交わりも今日が初めてでは無い。何処にでも現れる青年は、何処ででもそれを見てきた。
「諦めの悪い、」
「少年は、」
声が被さる。
アレンが口を噤めば、青年が「つくづく悪どいね」と最後まで続けた。
「遠吠えですか」
寒気を帯びた声が笑う。
暗い暗い拒絶を含む笑み。
「今は預けとくよ」
少年に笑い返しながら、いつかは、と青年は含みを持たせた。
少年はその台詞をにべもなく黙殺する。
何層にも爛れた関係、しかし咎めるものはその場に居ない。路地裏の闇だけが、深く、落ちる。
そんな中、ん……、とやや上の方で甘い声の塊が吐き出された。
二人の視線が今の今まで疎外視されていた人物に集まる。踏み出そうとする青年を目で制し、アレンは腕の中の温もりに目をやって微笑んだ。
乱れた前髪を指先で払えば現れた、眉間に寄った皺、それに似つかわしくない無垢な目元。口の端には前戯によって付着した白い残滓。
耳元に口を寄せ、名を囁く。お姫様をエスコートするように、甘く優しい囁き。アレンのその声によって平静な夢は途切れ始めたらしい。ぴくりと睫毛が揺れ、その口唇は小さな喘ぎを漏らした。
かわいい。けれど。
「何時までそこに居るんですか」
少年は満足そうに恋人の反応を見守った後、今度は信じられない程冷たい声を出す。
青年は短くなった煙草に揶揄の言葉を流し込んで右手を上げた。ハイハイ分かりました。その場に人がいたならば、そんな声が返ったように聞こえただろう。
「早く」
決して最後の一言に及ばない少年の要請に、青年は漸く背を見せる。そして、路地裏から光の指す路へ向かいつつ、後ろの方で恋人に覚醒を促している少年の声を聞いていた。

暗がり。
王子の甘い囁きに、お姫様が目を覚ます。
路地裏に残ったアレンと恋人は、久方ぶりに視線を交わらせている。
未だ、激しい行為の跡が休んでいたはずの体を軋ませていた。
ぼんやりと霞む視界に映る幼さの残った恋人の顔。
目覚めたばかりの脳がゆっくりと動き始める。二人はおはようを言う前にキスをした。
「……どの位意識を失っていたんであるか?」
口唇を剥がしそんな言葉を二三交わす。
沸き上がる気まずさにアレンは見張りを買って出て、少し離れた場所に立った。常識外れな場所での着衣に隠し切れない羞恥を、要因である少年は見ない振りで通してくれる。
嬉しくは思っても本当なら不要な気遣いには違いない。年頃だから仕方ないのだろうか、求められるままに体を明け渡してしまう姫は、過去を振り返りながら思う。
上手く閉まらないベルトがかちゃかちゃと音を立てている。
答えを出さないよう思考しながら服を整え、アレン、と恋人の元へ歩み寄った。
下腹部に残る違和感が酷く、手を繋ぎ現場を出る途中でつい下を見れば投げ捨てられた吸い殻が目に映り込んだ。
思わず、足が留まる。
未だ微かに燻るそれは、辺りに薄い煙を漂わせていた。
何処かで嗅いだことのある香りだった。
「どうかしましたか?」
とはいえぐい、と強く手が引かれ、煙草が誘うそれ以上の思考は奪われてしまった。
「……クロウリー?」
心配そうに自分を見上げる少年に、彼が何でもないと返せば、アレンはそうですか?とニコリとして前を向く。
そして、既に一人が引き返した路を、寄り添った二人は再度辿り始めた。

fin


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