StoryY

□シャイニングオレンジ
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落ちるかもしれない、なんて考えていなかった。

もう解約した、ただの鉄とプラスティックの塊。それでも手放せなかった。
常に持ち歩くわけでもなく、気まぐれに開く。たまに空を写したり、ダチの電話番号を調べたり。
それ位しか用途もない癖に。
便利なデジカメとか、簡単手帳なんて言い訳で。

落とすかもしれない、なんて考えていなかった。

光沢を失ったシャイニングオレンジのそれが宙を舞う。
只目で追う間が異常に長くて、何故かオレはうっすらと笑っていた。
嗚呼、落ちていく。
ポチャン、とごく軽い音がして、胸ポケットから湯舟にオレンジが沈んだ。
水底から、幾莫かの気泡が上がる。
息をしているようだと思う。ただの機械が、揺れる水面にもがいて見える。
ぷくぷく、ぷくぷく。最後の空気。
気泡が止んでから、オレはそれを引き上げた。
シャツの裾で拭って、真っ暗なディスプレイを眺める。
電源ボタンを押した。
一秒。
二秒。
三、秒。
真っ暗な、ディスプレイ。

嗚呼、と。

ああ、とオレは笑った。
ようやく消えてしまった、全て。
写真も、メールも、ムービーも、全部。
あの人がオレの髪の色にそっくりだと選んだこの箱は、遂に只の箱に成り下がってしまった。
もう、持ち歩く言い訳の余地すらない。

落ちるかもしれない、なんて考えていなかった。

それは、嘘だ。本当は望んだんだ。
あの人との全部を詰め込んだシャイニングオレンジ。
胸を切り裂く刃物より鋭いその塊。
全て消えてしまえと、女々しい自分ごと消えてしまえば良いと願っていたんだ。
だから、これは、通じなくなった番号ですら消せなかったオレの、卑怯なたくらみ。
水場だけには欠かさない、オレの、ささいなハカリゴト。

「…………やっと」

祈りを捧げるためのロザリオに近しく、オレはそれを胸の前に抱いた。
真っ暗なディスプレイは、あの人の全てを引き剥がした証だった。
そしてまた、オレ自身の愚かさそのもの。
ぱたりと目から伝った雫が、光を失った罪を濡らした。
絶望しながら安堵していた。
明日には、明るい色ともお別れできる。
明日には、全ての想い出から解放される。
嬉しい、哀しい、嬉しい、嬉しい筈で。

望んだのは。

指の腹で冷たいプラスティックをなぞった。
動かなくなった箱は、中にあの日の死体を横たえたまま、頬から落ちた水を吸って、酷く重く感じられた。


fin


後書き

もうSHARPの携帯なんて嫌いだ
誤作動する携帯なんて逆パカしてやる


write2008/3/22
up2008/3/22

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