StoryY

□引き潮微熱.
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芯は。

熱を持って、とくとくと疼く。
頭は酸素を寄越せとくらつき、ズクズクと。
足は力を拡散させ、皮膚は熱を忘れ。

何故か、泣きそうに、なる。


「クロウリー?」

後ろから投げ掛けられた声に、振り向く。
けれど頭を上げるのも怠く、サンダルの爪先が、見えただけ。
「……ぁぁ、」
誰なのかを理解し、名を呼ぼうとしたその時。
一瞬ふらつき、白黒の視界が半回転した。
「!!」
声の主にがしりと掴まれる。
痛いほどに食い込んだ指先が、しばし体を支えてくれていた。
けれど軽い揺れの後、体はそのまま助け人を敷き込んで天を仰ぐ。
いつもは薄暗く思う照明。それすら眩しく感じ、瞼を下ろす。
耳の奥で心臓が跳ねて、乾いた舌が気持ち悪い。
「…………」
コムイ。
喉だけを震わせて呼べば、いたたた、と暢気な悲鳴をあげていた、その彼が何だいと答える。
少し体がずらされ、なだらかに傾斜した部位に、頭を直された。
「女性からみたいに気持ちの良いもんじゃないけど」
ああ、膝枕なのだと気付いた。
「で、何だい?」
どうして判ったのであるか。
のったりとした言葉しか出ない。
手足が重い。
全てが浮ついて、手から逃れていくような、感覚。
心、細い。
「貧血?」
微かに頷けば、彼は少々声に笑いを含ませた。
「そりゃ判るよ、自分がどれだけふらついていたか判らなかったの?
あっちへふらふら、こっちによろよろで、追い越そうにも出来なかったんだよ」
どうやら案外に酷い貧血のようだった。
「さて、どうしようかな。生憎リーバー君達から逃走中で、ゴーレムもインカムも無いんだ……」
ひんやりとしたものが頬に当てられる。優しく撫でられ手だと気付く。
冷たい。
気持ち良い。
まだ頭痛は止まず、肩の力が抜けない。
「少し寝てるかい?この辺りは人通りも少ないから寝てても平気だろう。すぐに薬を持ってくるから」
嫌だ。
少しだけ首を左右に振った。
「え?でも」
……少しだけ、少しの間だけ、撫でていて、欲しいである。
冷たい手。
似ている。から。
「…………」
ふう、と溜息の後、わかったよと苦笑混じりに了承が下りる。
脂汗が滲んだ額を、冷たい掌が通り過ぎていく。
「顔色が悪いね」
髪が梳かれる。
「ちゃんと寝てるの?」
指に一筋絡めとられ、くるくると。
あまり、と答えれば、彼はダメだよ、と笑う。
「休養には睡眠、栄養、後はそうだな……僕の可愛いリナリーとお話することかな」
指先に巻かれた髪が解かれる。
「疲れてるんだよ」
また、優しい一撫で。
「良いよ……特別に、リナリーと仲良くしても」
クロちゃんなら安心だしね。
馬鹿にしているようでもある、本気の台詞。
ありがとうと苦笑すれば、特別だよ、と念を押される。
「気持ち、良いであるな」
「え?」
手が。
告げれば彼はああ、と少しだけ顔を歪めた。
「冷たいでしょ、あ、火照ってるから丁度良いかもね。座りっ放しで底冷えもするし……血行が悪いんだ。足も冷たいよ」
触ってみる?と笑う彼に、微笑んで首を振る。冷たい手が、また額を撫でる。
「でもね、リナリーが、『手が冷たい人は心が温かいんですって』って言ってくれてね、『兄さんはきっと心が温かいんだから、気にしないでね』って……」
いい子だよね。
彼は面映ゆそうに目を細めた。
ツキン、と頭に痛みが走った。
「え、あ、クロウリー?」
目から零れ始めた涙に、彼が焦った声を発する。怠い体の奥から、悲鳴にも近い涙が溢れる。溢れる。溢れる…………。

あの二人の手も冷たかった。

鳴咽を上げ始める喉に、彼の目が緩んだ。優しい手が瞼を撫でる。
「……先刻も言った通り、この廊下はあまり来る人もいないから」
大丈夫。
あやすように、手が通る。
懐かしい感覚に目を閉じる。
冷たい手に、暫く咽んだ。

fin


後書き

僕無茶苦茶手ェ熱いですけどね!
「あの二人」は城にいたあの二人です。


write2008/5/20
up2008/6/7

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