StoryY

□Blind, Maria。
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苦し紛れに伸ばした手は、彼の手によってあっさりと振り払われた。こちらを見ることのない楽しそうな瞳がやけに印象的で、ぼやける目を必死で開き、その視線を捕まえる。
彼は口元に今にも笑みを浮かべそうな視線をこちらに注ぐ。白くなり始めた視界から、溢れてしまう程、じっと。
「っあ………」
たまらずもう一度手を伸ばす。今度は彼の頬に触れた。力の入らない手でその皮膚に爪を起てようとすると、彼はそちらに首を動かし伸ばした指を口に含む。
ちゅぷ。
唾液と舌がその人差し指に絡み、赤ん坊の様にちゅくちゅくと吸い付いた。
その行為に狂い始めた神経が彼を守らなければ、と信号を発する。守るなんて馬鹿馬鹿しい。そんな必要があるはずもなかった。もし仮にあったとして、この痺れ始めた体で何が出来るのか。
舌は優しく滑らかな爪の上をなぞり、膨らかな指の腹をつつき、閉ざされた二つの隙間に入り込み、思うが侭に征服し、蹂躙し、侵略し、凌辱し、干渉し敏感な指神経の全てを味わい尽くしていた。
彼の目がその晩餐に更に喜色を湛える。
這い擦り回る他者の口内筋肉。染み込んでゆく粘液。爪が噛み千切られた。痛み。溢れた筈の甘い血液。もうそれすら遠い感覚になりつつあった。
薄らぐ意識に異常は無い。いや、彼が口を開いたことで、首にまかりついていた手がほんの少し緩んでいる。けれどそれは只単に一分か二分そこら、この命に時間が与えられただけに過ぎない。
こんなに苦しんでいても尚、項に食い込む爪は痛い。
魚のようだ、と薄れ始めた意識に思う。口が知らないうちに酸素を求め開閉していた。息をするのは口ではないというのに、体は必死で口を動かす。彼は未だ楽しそうに只楽しそうにきちりとこの首を絞めている。
その見開かれた目は、てらてらと適量分泌され続ける涙に光っている。
ああ、何だか、これは。
(愛し子が母にしがみつくような)
ものなのだと、理解、する。
何物をも寄せ付けない抗える筈もない原始的な完璧に無垢で一途、寧ろ愛しみ慈しむべきただ只管なる欲求なのだと。
なんだ、と安堵し少しだけ笑んだ。
なんだ、簡単な事ではないかと、少しだけ。
彼は未だふやけた指をチュクチュクと吸いながら、もう一足先に死人がかった色に変わっているだろう首をしっかりと掴んでいた。
ニコニコと笑いながら自分の心臓がオーバーヒートしていく音を聞く。
首から上は熱くて寒い。
首から下は、とうの昔に消えていた。
こきり、と軽い音がしてオシマイがわかった。
最期の最後に浮腫んだ顔と引き攣る筋肉で今出来る最高の笑顔を見せてあげる。目指すは聖母マリア、完璧なる母愛。
彼は、その笑顔に、まるで無垢に、まるで清浄に、際限なく愛くるしく、例え様もなく満足した、偽りなく満面の。

笑みを見せて、この母親を見送った。

fin


後書き

誰だこれ。


write2008/6/3
up2007/6/7

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