StoryY

□居眠り小町
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つくづく不思議なものだと思う。
昼下がりの木陰、夏を目前にした涼しい日光。
本当に不思議だ。今横で寝ている姿は奇抜な格好をしてはいるが普通の青年にしか見えないし、どちらかといえば不審なのは自分だろう。
けれどきっとこの身が姿を変え爵位持ちの格好をしても、その使命を果たそうとすれば……たちどころに彼は敵として牙を剥くのだ。
「文字通り牙をね」
いつだって血色の悪い口唇をふにふにと指先で押す。よっぽどぐっすり寝ているのか反応はまるでなかった。ぺろんとめくってみる。白い歯。
「……チューしちゃうかな」
上に覆い被さり顔を近付けた。
と、警笛が鳴る。
「お前何をしている!何処の浮浪者だ!?」
駆けて来たのは愚鈍そうな身なりの警官だ。逃げずに只体を離す。構わない、キスぐらいなら何時だって出来るのだ。
警官はその手に武器を掲げ、こちらを威嚇していた。
「貴様今何をしていた!」
「何も」
「嘘をつけ……!何か盗ったんだろう!?出せ!!」
「何もしてねェっすよ」
「白を切る気か!!」
叫ぶしか脳の無いそいつに、淡々と答えを返す。もしここで俺が“黒”になったらこいつはどうするだろうか?命乞いでもするか……もしかすると吠え続けるほど馬鹿かもしれない。
「聞いているのか貴様!」
「はいはい聞いてますよ」
五月蝿ェな、黙れよ、起きちまうだろ。
「何だその態度は……!」
ワナワナ震える姿に、悪戯心が芽生えた。
本当に姿を変えて見せるか。アクマを呼んで殺らせるか。
ズズ、と空気を揺らす。警官が予想外に敏感にそれを察知する。
それでもやっぱり愚鈍は愚鈍。
「……貴様ぁあぁぁぁあああぁあ!!!」
警棒がビュンと振り上げられ、俺が“黒”に変わる――――直前、
「止めろ」
と声が釘を刺した。
ブンッッ
振り下ろされる警棒にはっとする。脳天を狙った一発。意外と早い。ぶつかるかな。思った時、横から手が伸びた。
ぱしりと拍子抜けするほど軽い音を立てて、彼の手の平がそれを受け止めていた。痛がる素振りも無いのは多分。
「止めろと言ったが」
俺の変化と同時に彼の変化が起こり始めていたから。
俺は力を抜きソレを取り止めた。同時に彼の表情も軟化していく。凛々しい顔も悪くはないが、やはり柔らかいこっちの顔の方がイイ。
警官は何がなんだかわからない様子できょときょとと俺と彼を見比べていた。
「警棒を……」
彼が済まなそうに言えば、漸くそれがしまわれる。その動作も何処かまごついていて、動揺が目に余るほど見て取れた。
警官が気まずそうに目をショボつかせている。
「その……」
「どうかしたんであるか?」
「いえ、貴方さんにそっちの男がですね、悪さをしようとしてた様でしたんで、はい」
ちらり、と恨めしそうな視線が投げられ、俺は軽く頭を掻いた。
「心配はいらない」
彼は困ったように笑って言う。
「彼は私の、……友人である」
行くであるか、と立ち上がった彼にん、と俺も着いて立つ。警官はぽかんと立っている。では、と彼が挨拶し、俺もお疲れさん、と手を振る。ああ、と警官が手を挙げた横を俺達はさっさと通り抜けた。
「寝てしまっていたである」
「気持ち良さそうに寝てたぜ」
「起こしてくれれば良かったのに……」
「ドーシテよ」
彼は恥ずかしそうに頬を染めていた。
「……カーワイ」
「…………」
そっぽを向く仕種に笑った。ふと先刻の言葉を思い出す。友人。
「恋人って言えば良かったのに」
彼はえ、と微妙な顔をしたあと更に顔を赤らめる。
「……馬鹿、」
愛らしいその変化を眺めシアワセな気分になった。ニマついていると頬を軽く抓られた。
「やっぱこっちもイイね」
素直に笑いかければ彼も笑う。
俺は何処かで聞き齧った流行歌を喉の奥に流しながら、今度は起きている彼にキスしたいと思った。

fin


後書き

……温っ。


write2008/6/8
up2008/6/8

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