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□温かな庭
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ふわり笑う貴女に全てをあげたいと思った。
貴女といれば幸せなど簡単に手に入り、ともすると貴女は愛そのものなような気もした。


《温かな庭》


朝起きると、真っ先に貴女の後ろ姿が目に入った。カーテンを開いている、朝日にくっきりと浮かぶ貴女のシルエット。毎朝目が眩みそうな光を浴びながら、それを見つめていた。
カーテンが開けば、貴女はこちらを振り向いて優しく私の名を呼んだ。私の名すら貴女の手にかかれば祝福の様だった。
「おはようございます」
ああ、目覚められる事は幸福なのだと毎朝思った。

貴女はあまり料理上手ではなかった。毎朝テーブルに並ぶのは簡単なものばかりだった。けれどそれはまだ十分に温かく、そしてなにより私のために貴女が手をかけてくれていた。並べられた食器も。注がれる紅茶も。貴女が触れると輝きを増した。
貴女はまるで魔法使いのように全てを美しく見せた。
「如何ですか?」
私に美味しい以外の何と言う言葉が言えただろう。
貴女が触れた全てのものにはなにものだろうと決して及べなかった。

貴女は良く薔薇を摘んでいた。美しい手に朝露が纏っていた。口唇は薔薇と同じ色をしていた。薔薇達が貴女の指先を傷つけることは一度として無かった。薔薇達はこぞって貴女に触れられたがっているようだった。
薔薇に囲まれて微笑む姿がどれだけ目映ゆかったかを私は覚えている。それは絵画よりも鮮やかで、写真よりもくっきりと、今でも頭の中に焼き付いている。
「何処に飾りましょう」
貴女の腕の中の薔薇達は、それは誇らしげに花弁を張っていた。
けれど薔薇色の口唇が微笑むのには、どの薔薇であろうと敵わなかった。

貴女の指は酷く細かった。私は触れられる度にその細さに目を剥いた。貴女は私の頬を撫でた。私が泣く度に、私が怯える度に貴女は私を抱き寄せた。
甘い匂いは、涙腺に染みる。それは貴女が初めて教えてくれた。そしてひととき経てば、優しく、その言葉をくれた。
「私がいますわ……ずっと、おそばに」
泣きそうな声だった。か細い声だった。
何時であろうと、私は貴女に助けられていた。私は貴女に支えられていた。


今目覚めても、貴女の姿はない。
その日摂る朝食を考えるのが、洗面中の新しい日課だ。
森に咲く花は酷く慎ましやかに生きていて、散歩の途中に見はしても手折るなど出来る訳がない。
私は自分で、涙を拭えるようになった。

目を閉じれば甦る記憶は、どれも貴女を多分に含んでいて、私は酷く泣きたくなる。
けれど貴女はもう、きっと優しく抱き締めて慰めてはくれないだろう。
「なに泣いてるのよ」
きっと、綺麗な顔を苛立たせて私を叱るだろう。

だから私は、涙を拭うことを覚えた。
貴女はきっと、赤い目を見て馬鹿と呟くだろう。
けれど貴女は微笑うに違いない。
朝日を浴びてそうしたように。
食卓についてそうしたように。
薔薇に囲まれそうしたように。
私を撫でながらそうしたよりも。
美しく。
麗しく。
輝いて。
温もりさえ纏いきっと微笑う。


fin


後書き

感謝と愛を込めて。


write2008/6/9
up2008/6/9

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