StoryY

□灯籠
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ふらふらと揺れる焔を見ていた。


《灯籠》


それは酷く不思議な光景だった。半分透けたような和紙の向こうで、ひらひらふわふわと焔が揺れる。今にも木と紙で出来た籠に飛び火するのではないかと思うくらい、ちらちらと振れる赤。
そわそわと落ち着かない気分でそれを眺めていれば、後ろから腕が伸びその灯籠を掠め取った。
「……どうしたんだ」
じっと灯籠を見詰めるきりとした顔が、ほんやりと柔らかく浮かぶ。
「街に、」
今日は、市が開かれていた。
その外れにぽつんと立っていた雑貨売りの店で、勧められるままに一つ手に取ったのだ。
馴染みの無い花柄が透かし彫りされた濃い茶の木枠。手漉きの独特な濃淡が映える極々淡い瑠璃色をした和紙。
その中で、酷く不安定な濃朱が振れていた。
照らされる神田の頬を見遣りつつ、やはり心は焔に留められたままだと感じる。
ランプとも電灯とも違う灯り。
生き物というには息吹が足りず、道具と呼ぶには輝きすぎた。
「おい」
溜息にも感嘆にも似た息の吐き方で、神田の細い指が頬を掴む。
「……」
こっちを向け、等という似合わない台詞も、灯籠の幻の様な朱く朱く儚い燈の前では何故かお誂え向きな気がした。
ひるり、焔から離火が瞬く。
おい、と心底気持ちの篭らない柔らかな声で呼ばれる。
どこか現実離れした暗闇に浮かぶ、二人分の顔はどうしてこうも曖昧なのだろうと人事の様に思う。
瑠璃色が、また少し色を変えて影を揺さ振った。優しい声は幻影か、もしかすると夢。そう思いたかった。
いつから、こんなにも互いを違えてしまったのか。
いつもならば見ない振りをする不器用な甘さですら、焔は簡単に浮かび上がらせた。この困惑も動揺ももはや目の内に納まることが当然の様にそこに在り、見せ続けられずまた灯籠に目を向ける。
ちらちら。ゆらゆら。
振れては戻り、盛っては揺らぐ。
「……脆いのであるな」
焔は揺らぎを止める事無くふらふらと朱く光る。もっと、熱く、しっかりと。誇るものでは無かったのか。
灯籠がかたりと脇に置かれた。一瞬消えて見えた焔はあっさりと息を吹き返し、また儚げで危うい光を放ち続ける。
やはり不安に目を逸らせずにいると、さらりと乾いた掌が前髪を引く。近い。見上げるまでも無く至近距離に、嘲笑でも微笑でもない表情が映る。
強ェんだよ。
薄く薄く、低く低く、殆ど吐息のようなその声は、一度耳に届けば離れることを忘れたように脳に響いた。
「強い……」
ひらめく焔が、神田の顔に射す影を変える。けれどももう焔を目に納めることは無かった。
きらきらと、光に濡れた黒が放してくれない。
「ちょっとやそっとじゃ消えやしねェ。揺らいで、喘ぎながら、最後まで」
ク、と口の端を上げて声は止み、掻き上げられた前髪はくいと後方に引かれた。思わず上げた下顎に。やはり乾いた口唇が、触れた。
ちらちらと焔が揺れている。
射千玉の髪に影が振れる。
千切れた火がふつりと消える。
甦るように燃え盛る。
互いの温もりに、火照る体が上滑りする思考と意を違えた。
優しい、柔らかな、甘さ。
やはり幻の様だと思いながらも、温もりに施されるがままになる。いつから、こんなにあの干涸びた体は。
ふと灯籠を覗こうと首を動かせば。
「消えねェ」
滑らかに乾いたソレが、影に揺らいだ。

fin


後書き

濃朱―こいあけ
離火―はなれび

ふおおお失敗したぁぁぁぁあ!!!!!
神田が優しくなった変化と諸々を繋げたかったんだけどぶつぶつ。
クロちゃんが何か冷めてるしぶつぶつ。
灯籠っていいですよねー。


write2008/7/1
up2008/7/1

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