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□しあわせのうた。
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雲の一つも見当たらないような、まっさおな空。
背後では息も凍るような寒さなど全く意に留めず、ざぁざぁと元気に水が噴水に落ちる。
早いもので、いつの間にやら世の中にはクリスマスムードが漂っていた。そこかしこにリースやキャンドルといったちょっとした装飾が施され、どこからかは賛美歌を練習する声が聞こえる。
少し高い、まだ舌っ足らずな幼い歌声だ。けれどだからこそ、それは今日の空よりも晴れやかで美しい。
誰かの声が裏返った。どうやら仕切り直しのようだ。
少しの沈黙の後、また始めからメロディが流れ出す。
―――……もろびとこぞりて むかえまつれ……―――
この時期にはよく耳にする、無垢な歌い手に相応しい明るい曲調。
―――……主はきませり 主はきませり 主は、主はきませり……―――
何だか楽しくなり、思わず合わせて口ずさむ。
信じてもいない神を賛美する歌。それでも美しいと感じるのは、きっとこの歌の意図が。
「―――遅くなったである!!」
叫ぶような謝罪の声に、霧散していた意識をかき集めてそちらに向ければ、走って来たのだろう。頬を真っ赤に染めて、待ち人が立っていた。
ふ、と顔が緩む。
そんなに慌てなくても、約束したんだからずっと待ってたのに。
彼の後ろにある時計によれば、約束の時間などとうに過ぎているらしいけれど、そんなことはどうでも良い。彼は来ると疑わないことが、もう当然になっていた。
現に今、彼は目の前に居るのだから。
彼がぜえはあと荒い息を吐きながら、まだ謝ろうとしていた。オレは彼が口を開く前に、「遅いさ!」と笑いながら叫んだ。
「す、すまないっ」
窺うようにしていた彼の表情が、今にも泣きそうな様子に変わる。大きな体がしょぼくれて縮んで、可哀相なくらいにうなだれる。
何の偽りもない素直過ぎる反応が、彼の気持ちを全て教えてくれる。
「なんちゃって、な。怒ってないって全然!」
堪え切れない愛しさに任せて腕を取って、広場の外へと歩き出す。
ようやくもぎ取った短い休日だ。愛しい人を待つのも勿論良い。けれど、せっかく一緒に過ごせるのなら、もっと温かい場所が良い。もっと楽しい所にしよう。
隣立って歩けば、薄く積もった雪がしゃくしゃくと輪唱した。
「寒くなかったであるか?」
「大丈夫だって」
彼はまだ気にしているらしい。本当に気にしいだ。
でも、そこが嬉しい。そこが愛しい。
「ケッコー楽しかったさ?」
「でも……」
「マジで」
ニコリと笑って見せた。自分でも思ってもみなかったけれど、本当に楽しかったのだ。
な?と丸め込みついでに手を繋ぐと、彼はまた少し頬に赤みを足して、そうだ、と自分の首に巻いていたマフラーをほどいた。
「鼻が赤いである」
くるりとオレの首に、マフラーが巻かれる。
ふわり、優しい彼の香り。
「オレ……もう巻いてるって」
笑ってしまう顔を、二本のマフラーに埋める。温かい。頬が熱い。
繋いだ手にきゅうと力を込める。
「でも、温かいさ」
アリガト。と言えば、笑顔が返って来た。
彼の鼻も赤いのに、きっと気付いてないのだろう。そんな彼を見て行き先を決める。
「ご飯にでも行こっか」
温かい場所で、楽しい場所で、遅くなったけれどお祝いをしよう。諮らずも誕生への賛美溢れる、この時に。
「……愛してるさ」
先刻歌った賛美歌の様に、小さく小さく少しだけ囁けば、私も、と彼が笑った。

fin


後書き

あなたがいるだけで幸せになれる。
そんなあなたの見えない言葉が、いつでも私を幸せにしてくれる。


write2008/12/17
up2008/12/18

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