Story[

□クロエ
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ヨソ見ですか?と酷く意地の悪そうな顔をしてその子供は私を見た。耳障りな声のするせいで私の読書は一向に進まない。恥も外聞も無く私の前で交わり続ける二つの体に少し目を向けてみた。子供が私の方を見て哂っていた。私は一時間前と同じ列にある二つ目の単語にようやく目を移した。
     《クロエ》
寝台の上ですうすうと寝息をたてる端迷惑な人物の顔を私はそっと覗き込んでそしてその頭から伸びた白い肩にシーツを被せ直した。間の抜けた顔を晒しながらその大きな図体をぎゅうと丸め、先程まで私の作業の邪魔をしていた男。あの子供に組み敷かれながらはしたなく嬌声をあげていた男。
白い寝顔。
「触らないで下さい」
後ろから鋭い声がした。振り向けばまだ濡れたままの髪から水を滴らせながら子供がこちらを睨み付けていた。口元は笑みの様な形を作ってはいるが、ああこれは単なる怒りの表情だろうと思う。子供は酷く独占欲が強いのだ。
私はシーツを掛け直した仕種の後男の上に翳したままだった手を戻し、今度は体ごと子供の方へと向き直った。
「触ってなどいませんよ」
言って両手を上げて見せれば子供は笑った様な表情のままそうですか?と首を傾げた。まぁ良いですけど。クスクスと声が続く。私が先程まで座っていた椅子へ戻ると同じくして子供も先刻までギシギシと軋んでいた寝台の上に戻る。
眠っている男の前に手を突いて、子供はその顔を覗き込んでいるようだった。私はその様子をそっと見ていた。子供は我が儘なのだ。男一人であれば見るを良しとしなくとも、自身がその側に居れば、これみよがしに私に哂う。私は全く読み進められなかった本に一瞬目を遣ったが、手には取らずにまた二人の方へ目を遣り直した。
子供は男の汗にしとつく髪を撫でていた。あからさまに汚れの残った髪に、今こそ全てを洗い流して来た小さな手で触れる。子供は酷く楽しそうだった。寝台の真ん中で眠る男は、子供の行動など知る由も無く安らかに呼吸している。
先程までの煩さは嘘の様だった。子供は私など見遣りもしない。あれほどまでに挑発的だった瞳は今はおぞましいほど穏やかに男を見ていた。
私は椅子に座ったまま二度瞬きをした。布団を敷くにも、子供が寝る様子はまだ無い。
「寝ても良いですよ」
子供が言った。
「彼が居る限り、僕はここに居ます」
子供はこちらを見てはいなかった。知っています、とだけ私は答えて、けれども布団を敷く為に立ち上がりはしなかった。子供は男の傍らでまだその寝顔を見ている。私はそれを暫く見ていたが、途中で全く進んでいなかった読書の続きに戻った。今度は邪魔になる声もなく、単語は文となり意味を持って私の頭に滑り込んだ。頁をめくる。読む。めくる。読む。
めくる作業の合間に、ちらりと子供の方を見る。何十頁読み進めても、その幼さの残る横顔は男の寝顔を見詰めていた。男が起きるまで。もう何度目かになる。そうだ、子供は時に、読めない。
明日の朝になれば、子供は目覚めた男に口付けをするだろう。そして二人で浴場へ向かう。その戻りには食堂の飯台を一つ占領し、何事も無かった様に男と笑いながら手を振って。
「寝ないんですか」
子供が言う。
私はええ、と文字を追いながら返事をし、あなたが眠るまでは、と付け足した。子供は男を見たまま笑ったようだった。そうですか、と呟く声がした。頁をめくる。子供を見る。子供は男を見ている。私は朝まで何も起こらないことを知っている。私は朝まで静寂が在ることを知っている。それでも布団を敷く事はしなかった。
子供は気まぐれだからた。

fin


後書き

ラビクロをギャグか甘い感じで書こうとして何故これになるのかと。(ほんとにな)
仕方ないだろ降りてきたんだから……!
それにしてもいやぁクロたん出てこない出てこない。


write2009/3/19
up2009/3/23

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