Story[

□それでもまだ悪夢を見る。
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それでもまだ悪夢を見る。


「リナリー?」
「クロウリー」
夜更け、その薄暗い廊下では少し不気味な程の男の呼びかけに、少女は慌てて目の端を拭い振り返った。
そして盛大に吹き出した。
「な、なんであるか!?」
いきなり笑い出した少女に、男はその身を包んだシーツで垂らした鼻水を拭き乾いてかぴかぴになった涙の跡を拭き、わたわたと困った顔をする。
ごめんね、と少女は笑いながら謝り、男に眠れないの?と尋ねた。
「いや……」
その、と男は歯切れ悪く下を向く。あの……であるな……、と口の中で話される言葉は要領を得ない。
少女がきちんと答えを待っていると、男はがばっと顔を上げて、リナリーこそどうしたんであるか?と尋ね返して来た。
「私?私は……」
さっと少女の笑顔に影が射した。
「……ちょっと良くない夢を見ちゃって」
それは小さな嘘だった。そう、言葉をほんの少し柔らかくするための小さな嘘。
少女はにこりと笑った。
本当は怖かった。
あの晩少年にも否定してもらったように、少女自身もその悪夢を現実だとは思っていない。
しかしながら今でもしばしば見るそれは、いくら否定しようとも段々とその現実味を増し、いつからかはその起こり得ない――――起こしたくない未来が実現してしまうのではないか、と、更なる恐れを抱くように、なっていた。
少女の体は微かに震えていた。
男はそれを見て、ふ、と小さく微笑み返した。
「悪い夢を見たなら楽しいことを考えてみると良いであるよ」
え?
少女は男の言葉に目を見開いた。
「楽しいことを考えて眠ると、良い夢が見られるである」
自らが泣き腫らした顔をしながら、男はにこりと笑って言った。
「そう教えてもらった」
例えば、そうであるなぁ、と男は瞬きを繰り返す少女をよそに話出す。お腹一杯シュークリームを食べるとか、沢山友達が出来るとか……。
男はニコニコと笑いながら、そんな答えをあげつらった。
その様子に、少女は微笑んだ。どうであるか?と自慢げな笑みにはそうね、と確かに笑みが返った。
「素敵な方法」
男はその言葉を聞いて、コムイである、と答えた。
「リナリーの御兄様が教えてくれたんであるよ」
誰からか男の夜泣きを伝え聞いたのだろう、ある時少女の兄は男を呼んでそう言った。『不安なときは楽しいことを考えよう』と。
「兄さんが?」
うむ、と男は少女に向かって頷いた。そういえば、と少女が思い出す。
小さな頃泣いている少女を抱き上げては、優しく話してくれた言葉。あやすように笑わせるように、柔和な笑顔で語られた、時にお伽話のような、胸高鳴る『もしも』の世界。
あの頃、泣き止まぬ少女に優しい兄はいつも為していたのだ。泣かぬように、怖がらぬように。けれど別れてからは、いや、再会してからも、そんな方法は忘れていた。
「楽しいこと、」
少女は瞬きをしながら考える。
男はそれを黙って見ていた。が、夜更けの冷気に、大きなくしゃみを堪え切れずに響かせてしまう。
きゃ、と小さく悲鳴を上げた少女は鼻水をすすりあげる男を見て、とても可笑しそうに笑ってもう戻りましょうか、と言った。
うむ、と頷きかけた男の腹が鳴った。少女がまた笑う。起きていたらお腹が空いて、と男もばつが悪そうに笑う。何か食べましょうか、と尋ねられ、男は素直に頷いた。

fin


後書き

珍しくちょこっと本編とリンクしてあります。んー謎なネタになったわ。
「アレンも知っていたであるよ」
とか
「コムイと話している時、全てが終わったらという話もしたである」
「え、そうなの?」
「コムイが『皆無職になるから、今度は皆で職探しだね』といっていたである」
「本当?!……もう、兄さんったら!」
とかいうネタもあったんですが入んなかったです。残念。


write2009/3/22
up2009/3/23

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