Story\

□ユメミるアクマ
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夢をみる。
例えば。
歳を取っても二人で笑い合うような。
皺だらけの手を互いに握り締めるような。
何時までも、変わらず寄り添い合うよう、な。

《ユメミるアクマ》

「おはようございますアレイスター様」
柔らかい声とともに、開かれたカーテンの合間から朝日が差し込んだ。その明るさにクロウリーは丁度浅くなっていた眠りから現へと舞い戻る。
「おはよう……エリアーデ」
朝日を背中から浴びるようにして立つ美女が、クロウリーの挨拶ににっこりと笑みを返した。

世にも美しい彼女と、寝食を共にし始めてどれくらい経ったのか。クロウリーは数えようとはしなかった。
今では、新しいはずの『二人』の生活も、すっかりと体に馴染んでいる。失うなど、考えられないほどだ。
『いつも』のように、食堂へ向かう窓の外で鳥が囀るのを聞きながら、クロウリーはシャツの衿元を正す。ドアに手をかけながら、口を引き締めるのも忘れない。
ノブを引けば洩れる香り。机の上に皿を並べながら微笑む天使は、クロウリーに鈴のような声で誘いを述べる。
「どうぞ掛けて下さいませ」
夢のような、日常。
けれどもこれは現実で、銀盆を持ってエリアーデが微笑みかける相手は、自身しかいないのだと。
「……アレイスター様、」
席に着きながら偶然を装い触れ合わせる指先で、クロウリーは確認する。
卓に並ぶ料理。暖かな湯気。立ち上る香り。
少し離れた場所にエリアーデが腰を下ろすのを見て、クロウリーはゆっくりとナプキンを手に取った。
「今日はどんな夢を視ましたの?」
「今日は――――」
毎朝語るのは、浅い悪夢の合間に見る幸せ。出逢ってから変わることのない、願い。
「――――薔薇の手入れをしていた」
「薔薇の手入れ?」
「私が剪定し、エリアーデが水を遣る、ような。季節は、恐らく春である」
「まあ、素敵」
「沢山の薔薇が蕾をつけて、開いているものもあった」
「綺麗でした?」
「うむ、とても」
「アレイスター様の育てた薔薇ですものね」
「……薔薇もであるが、その、エ、エリ……」
ちらりと上げた目線に映る花よりも美しい微笑みに、クロウリーはかあと顔を赤くし、その先の言葉を続けることが出来なくなる。
「そういえば、今日は天気になりそうですわ。……薔薇のお手入れにも、良いですわね」
「そ、そうであるな」
パンをむしり取り口に運びながら、思い返す夢。仲睦まじく、共に年月を重ね得た姿。今となんら変わらぬ美しい淑女の笑み。
いつか、現に見るであろう、笑み。
「……いつか、そんな風になれますかしら?」
「あ、う、そそそそうである、と良いが……」
夢に視る未来を切に願いつつ、小首を傾げていつものように尋ねるエリアーデに、クロウリーはいまだはっきりと答えられずにいた。
「ねえアレイスター様、もっと聞かせて下さいませ」
それでも、促す声に口を開く。倍ほど視る悪夢の中から幸せな未来を選り分けて。願うよう、誓うよう。
別れなど、悲しみなど、似合わぬ朝日に照らされる笑みに向かって。



パリンと、小さな音を起てて床の上で皿が砕けた。
「……やだ」
エリアーデは投げやりに呟き、落ちた破片を拾い集める。その眉はしかめられ、笑みは見る影すらない。
「馬鹿みたい」
嫌悪に歪む顔に、思い返すのはさも幸せそうな夢物語。
じゃり。
握った手の平の中で、破片が濁った音を起てた。
「私が、醜く老いたりする訳無いでしょ」
切れた肌から垂れた血が床を焦がし汚染する。散らばった朝食の残骸が、嫌な臭いを撒き散らしながら腐敗した。
「……夢見てんじゃないわよ」
今日も触れられた指先に残る、嫌な感触を思い出す。
「あんたは、死ぬの」
交わることを拒絶される、感触。
「私が殺す」
エリアーデは、ぎゅうと口角を歪めた。

fin


後書き

アクマは何の夢もミない。

視れないし、見ない。
見ても叶うはずはないのだから。
だから、ヒトの見る夢に。

焦がれるの。


write2009/8/28
up2009/8/28

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