Story\

□指切り
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水色の膜の下で、あなたを見詰めることしか出来なかった。

  《指切り》

『……たら針千本飲ーます』
『指切った』
冷たく、刺すような何かの中を、振り切って落ちていく。落ちていく?何処に?
見開いたままの目に、伸ばされた手の平が見えた。見慣れた手袋に二つの腕輪。知っている、あの腕は。

(駄 メ、 だ)

手を伸ばし返そうとして、頭の中に響いた声に動きを止める。誰の声なのかは一瞬過ぎて判別が付かなかった。誰の声だった?この空気のように鋭くて、冷たい、悲鳴の、ような。
彼の手の平が、僕に向かって一層伸ばされた。僕達はどうやら遠ざかっているらしい。一瞬僕に触れるかに思えた彼の指先は、またも僕という獲物を捕まえられずに空を切る。
ああ、早く取ってあげなければ。
手を伸ばそうと、

(ダ  目 だ ょ)

彼の手の平を、見上げたまま。
遠ざかっていく。
彼の手がまた僕に近付こうと伸ばされた。彼の肩までがこちらに浸り、曖昧だった姿が少しだけ見やすくなる。
浸る?何を言っているのだろう。僕は、ああ、早く彼の手を取ってあげないと。
少しだけ鮮明に見え始めた彼の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。必死過ぎて、きっと気付いていないのだろう。だから、早くその手を取って安心させてあげなければいけない。
冷たい空気は刺すように僕に纏わり付いていた。その中で、彼の手も震えているように見える。腕輪が揺れていた。
ああ、そんなに揺れては、落としてしまう。
ここは深いから、取れなくなりますよ。
ほら、今帰りますから、

(ダメ、 駄 目 だ よ)

深い?
僕は又一段と伸ばされた彼の腕を見上げた。彼の頭がこちらに浸る。いきなりに、彼の涙が消える。曖昧なままの彼の体を羽交い締めにする影が見えた。オレンジ色の髪。ああ、あれは。彼の頭がまた曖昧な世界に帰る。

(だめだ)

必死な泣き顔に思わず笑うと、口の中に残っていた微かな空気がぽこりと音を立てて水面へと上がった。
その側を、金魚にも似た赤い血が一筋水に溶けて消える。
冷たい冷たい水が、肺を満たしていく。
刺されるように、苦しい。

「ッアレン……!!」

彼の腕がまた僕に伸ばされる。
オレンジの髪が、震える体が、共に落ちて仕舞いそうな体を押さえている。

(……だめだ)

沈んでいく自分の声がした。
こぽりと、口の端から最後の空気が逃げた。

(だめ、だ)

唐突に、思い出す。
体は当の昔に凍ったように動かなくなっている。だから僕があなたの手を取れる筈はない。
もう、絡めた指は離してしまったから。もう触れられない。もう伸ばせない。
僕は、もう還れない。

「手を……!手をっ!!」

彼の手が、まだ僕を探していた。求めていた。
泣き顔が彼の作る波紋にぶれる。
僕は遠くなる彼の指先に、凍り始めた表情を笑顔に整えた。

「手を…………!」

ごめんなさい。
約束、破ってしまうけれど。
その手を取る訳にはいかないんです。

(約束げんまん)

彼の腕から、腕輪が一つ滑り落ちる。
それは泳ぐようにゆっくりと回りながら、僕の静やかな胸の上に止まった。

(嘘吐いたら針千本飲ます)

僕は、肺に刺すように冷たい水を吸い込んだ。

(指切った)

さよなら。


fin


後書き

『ずっと?』
『ずっと。一緒です』
『本当であるか?』
『約束、しましょうか』
『……指切りげんまん』
『嘘吐いたら針千本飲ーます』
『指切った』


write2009/8/31
up2009/8/31

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