twitterであげていたおはなし。3

□その恋、劇薬につき。B
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出会った時は冷たく頬を撫でていた風。
いつのまにかビル群を通過する熱風に変わっていた。

そんな夏のある日、お店に行くとアキラが支度中とのことで席で待たされることに。
後で中座するのももったいないし、今のうちにお手洗いに行っておこう。
そう思い席を立ち移動していると、バックヤード付近からひそひそと声が聞こえた。
聞くつもりはなくても耳に入ってしまうのが人間だ。

「お前、よくやるなぁ」
「本当そうだよね」
「何がですか」

声だけでわかる、 あの中にアキラがいること。
接客中とは違う、先輩ホストと思しき相手との会話に耳がダンボ状態になる。
でも、そこで立ち止まったことをわたしは激しく後悔することになるのだった。

「トオルの常連さんの中でも、まあまあの太客を囲うとはねぇ」
「半年かかったけど、もうバッチリ固定客だもんな」
「別に、大したことないです」

会話の中に散りばめられたキーワードで、それが自分のことを指しているのが即座に分かった。
そして、”大したことない”という冷たい表現が胸に刺さる。

「上に行くためですから。 三番手のままで終わるつもりありませんよ。 まずはイッセイさん、あなたという壁がありますけど」
「言うね〜アキラも大人になったんだな。昔は無気力だったのに」

自分は、あくまでも売上を競うためのアキラの駒である。
当たり前かもしれないけどその事実を他でもない彼本人の口から聞いてしまうと、動揺が隠せない。
そりゃ、あまり大きな声で言えない金額をトオルにも結構貢いできたし、ホスト同士の勝負があるっていうのはわかっていた。
でも、改めて口にされてしまうと… お客とホストには絶対に超えられない壁があるのだと言われたようで絶望の海に突き落とされた気分だった。
この海から這い上がれる自信はなく、ただ苦しんで溺れていくのみだ。


お手洗いを済ませ席に戻ると、既にアキラが座っていた。
いつもどおり、静かな佇まい。

「こんばんは」
「こん…ばんは」

ぎこちなく挨拶を返し、彼の隣に座った。顔がうまく見れない。

「今日は、なんだか元気ないですね」
「そう?そんなこと…ないけど」
「あなたがそんな感じだと、なんか調子狂います」
「…そう」
「何、飲みますか?そうだ、タカヒロさんが新しいカクテルを考案してて…」

こうやって話してくれるのも結局仕事だからなんだ、と思うとじわじわと眼球に波が押し寄せる。
アキラがわたしの手前に動かしてくれたグラスがぼやけて見えて、ついにこぼれた涙がグラスに落ちた。
わたしの顔を心配そうに覗き込んでくる。

「…どうしました、何か会社で嫌なことでも?」
「…」
「俺、聞きますよ?」
「…」
「黙ってたらわかんないんで、何か言ってください。泣いてる姿、見たいわけじゃ…」

アキラはスーツのポケットからハンカチを取り出しわたしに差し出してきた。
さっき裏で、あんなこと言ってたくせに。
そう思ったけど、彼がわたしに優しくするのは「仕事」だからだ。
こんなふうにどろどろした特別な想いでいるのはわたしだけ、なんだ。

「ごめん、失礼するね」

これ以上口を開くと何を言ってしまうかわからなかったからそう短く言い切って、財布から取り出した一万円札をアキラの胸に押し付けた。
彼は目を丸くしている。
涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、フロアを駆け抜け店を飛び出した。

彼に褒めてもらいたくて新調したパンプスはヒールが高くて走りづらいし、靴ズレがひりひり痛い。

…心は、もっともっと痛い。
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