twitterであげていたおはなし。3

□かわいいひと
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会いたい人が、います。

すし詰めの電車だけど、朝の通学時より気分がグッと上がるのは数十分後に幸せが待っているから。
こみあげる嬉しさからついにやけてしまう口元、端から見たら変な奴だと思われるかもしれない。
痴漢発生率の高いこの路線で怪しまれるとやっかいだ。
マフラーで口を覆いながら両手でつり革がぶら下がっているバーを掴んだ。



「あ、京治!来てくれたんだ?」

インターホンを押すとまもなく開いたドアから、部屋着姿で顔を出す彼女。
無造作に前髪をあげてピンでとめているから、おでこが全開になっていて少し幼く見える。

「だって、今日は早番の日でしょう」
「そうだけど」
「この時間なら家にいるかな、って」
「よく覚えてるね、人のシフトのこととか…」

当たり前です。
それもこれも休日も帰宅時間も不規則なあなたに、少しでも多く長く会うため。

「でも、まだ夕方だよ?部活は?」
「来週から試験期間に入るんで部活は休みなんです」
「えっ、じゃあなおさら家に帰って勉強…」
「…ここで、しようと思って」
「わたし教えてあげられないよ?」
「わかってます、現役だったの何年も前ですもんね」

俺の意地悪な返しに頬を膨らませて不満をあらわにしてみせる姿。
年の差を感じないのは、こういう些細な仕草がごく自然に似合ってしまうせいだと俺は思っている。
嘘です、と言いながら頭をぽんぽんと撫でると頬を染めるのも。


部屋に入り鞄を下ろすと教科書やノート、筆記用具をテーブルに並べた。
部活だけでなく、勉強もぬかりなく。
それには三つの理由がある。

一つ、勉強がおろそかになって部活動停止にならないため。
二つ、バレーだけで大学が決まるとは限らないから大学進学に備えて。
そして三つめは…

「あ、沸いたみたい」

傍らに座っていた彼女がキッチンから聞こえたしゅんしゅんというやかんの音に反応して部屋を出ていく。
まもなく、湯気の立つマグカップを二つ手にして現れた。

「はい、どうぞ」

マグカップを受け取る時に触れた、小さな手。
社会人の彼女がいる、ということを万が一周囲に知られたら絶対に反対する者や引き剥がそうとする者が出てくる。
でも、俺が成績も良好で部活もきちんと結果を出していればそんな奴らに文句を言われなくて済む。
むしろ、彼女の存在があってこそ俺が成り立っている証明になるのだ。

一番大事な理由。
この手を離さないため。
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