twitterであげていたおはなし。3

□春一番
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「おい、日向!」

廊下から聞こえた声にドキリとしたのはその声が大きかったから…というのもあるけれど、聞けたらいいな、と待ち望んでいた声でもあったから。

ゆっくりと首を廊下へ向けると、笑顔でクラスメイトの日向を手招きする坊主頭の先輩。日向はわたしの左隣の席、ということで先輩の笑顔や手招きは自然と脳内で自分に向けられたものへと変換された。なんて都合のいい脳みそなんだろう。

日向は机をかき分けて駆け寄り、先輩と楽しげに話している。時折頭をわしゃっと撫でられたり、励ますかのように肩に手をポンと置かれたり。男の子に生まれればあんな風にしてもらえるのか、羨ましいな…と思うけれども、女の子だからこそ恋焦がれることができるんだと自分を鼓舞する。

部活の後輩である日向をよく訪ねてくる、田中先輩。でもわたしが彼と出会ったのは教室が初めてではなかった。


入学して1ヶ月ちょっと経ったある日、自動販売機でジュースを買おうとしていたわたしは間抜けな声を出した。足りると思って教室にある財布から抜いてきた小銭が10円足りなかったからだ。仕方なしに返却バーに手を掛けようとしたら、後ろから声。

「あの、落ちてたんスけど」
「へっ!?」

振り返ると少し人相の悪い坊主頭の、先輩と思しき男子生徒がいた。怖くて肩がびくっとなる。

「お、落ち…?」
「ほら、これ」

わたしの目の前に十円玉を突きだしてきた。お金は今ポケットから出したばかりだし落としてないのは確かだ。なのにどうして…

「わたし、落としてない…と、思うんですけど…?」
「…あー、ゴホン。いいから、早く」
「それは…できません。わたしのお金じゃないから」
「お前、1年だな。制服新しいし」
「あっ、はい…そう、です」

受け取ろうとしないわたしに業を煮やした先輩は硬貨の投入口に十円玉を突っ込んだ。一斉にランプが光る。

「俺は2年だ。先輩として言う。早く飲みたいの、選べ」
「でも…」
「俺も買いたいから言ってんだよ。ほら、早くしないと昼休み終わっちまうから」
「はっ、はいぃ!」

ぶっきらぼうな言葉に押されて、ついにボタンを押す。先輩はわたしがジュースを回収したのを確認すると自分のジュースを買った。そうだ、お礼を言わなくては。

「あの…ご、ごちそうさま、です」
「…ん、ほとんどお前の金だろ」
「お金、返しますんで!」
「気にすんな。後輩女子に10円せびるなんてカッコ悪いことしたくねーよ」
「わたしが気になるので…返させてください」

しつこいかなとも思ったけど食い下がると、先輩の怖そうな顔が一気に緩んでぶはっと吹きだした。

「ハハハッ、お前、律儀なんだな」
「だってお金はお金ですから…」
「わかったよ、じゃあお前のクラスに集金に行ってやる」
「集金!?」
「だって2年の教室来るの緊張しねえか?知らねー奴ばっかだし」
「それは…緊張しますね」
「じゃあ、決まりな。クラスと名前教えろよ」

1年1組の…と告げると先輩の顔が一層明るくなった。

「俺の部活の後輩がお前のクラスにいるよ」
「えっ、誰ですか?」
「日向だ。バレー部の」
「ああ、日向ですか…話したことありますよ」
「日向のクラスメイトか。それなら話は早いな。じゃあ明日行くから」

俺は2年1組の田中龍之介だ、そう告げて走り去る先輩の後ろ姿をジュース片手に見送った。

翌日、先輩が予告通り教室に来たのでお金を返した。これでスッキリ、なはずが次の日以降、先輩が日向に話しかけに来る度にそちらにばかり意識が向いてしまうわたしがいた。漏れてくる会話に耳はダンボ状態、知らないうちに間接的に田中先輩の知識が増えていく。

この前数学で赤点とった。
お姉さんがいるらしい。
昨日の晩御飯は唐揚げ。
「セイジョーのオイカワ」という人がライバルらしい。

わたしの中の田中先輩データベースは日に日に膨れ上がり、それでいて脳は情報をまだまだ欲する。この気持ちの正体に気づくのに時間はさほどかからなかった。

そう、わたしは先輩のことが気になって仕方なくて…これは紛れもなく恋。
たった二度しか会話を交わしたことがないのに。わたしだけが一方的に先輩のことを色々知っているだけで、先輩はわたしのことなんてクラスと名前しか知らないのに。

そんなわけで、田中先輩と日向の仲良しこよしをただ見つめるだけのはがゆい日々が始まって今日に至るのだ。
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